第八十八話 『計画の主』⑰
「…………」
「ははは、安心したまえ。仲間になって、君に頼みたいことは至って単純で簡単だ」
俺が反応をせずにいると、子どもにお使いを頼むような気軽い口調で『頼み事』について語る。黒幕であるクロッマー侯爵からの『頼み事』が言葉通り、『単純』で『簡単』な
訳がない。
「お断りします。私ではご期待には沿えません」
俺は黒幕の仲間になることも、その上で行われる『頼み事』も断る。
黒幕からの『頼み事』など碌なものではない。散々『障害』を『利点』と偽り、仲間になることを強要していた。今更『頼み事』という言葉で包み込んだところで、その中身が醜悪であることは隠すことは出来ない。得体の知れない気持ち悪さが込み上げる。
だが意思表明は大切だ。特に話の主導権を握られ、退路である『秘密の抜け道』から逃げ出すことも叶わない状況ならば尚更である。
「……君の悪い癖は、物事を難しく考えることだな」
クロッマー侯爵から溜息混じりに指摘を受ける。余計なお世話であり、全ては黒幕であるクロッマー侯爵の所為だ。誰も好きで難しく考えている訳ではない。
少ない情報と、不利な状況で打開策を見つける為に必死なのだ。狡猾であり陰険と悪辣を兼ね備えた黒幕との会話に、深く考えない者は居ないだろう。リベリーナの無実を証明する証拠品を抱えているのだ。不用意な真似は出来ない。その上、クロッマー侯爵の仲間になるように強要されている。下手な返事は出来ないのだ。
「そんなに『単純』で『簡単』な『頼み事』ならば、ハリソン伯爵に『頼み事』を代わっていただいてもよろしいでしょうか?」
指摘を受けた意趣返しとして、俺は『頼み事』の代役を提案した。勿論この『頼み事』に代役が利かないことは理解している。そうでなければ、クロッマー侯爵がこれほどまでに俺を執拗に仲間に勧誘をすることはないのだ。クロッマー侯爵の勧誘を躱しつつ、何を計画しているのか探らなくてはならない。
おおよそではあるが計画とは、近々王城で行われるパーティーで行う計画のことだろう。再びリベリーナを貶め、更にはマルセイ第二王子にも何かする計画のようだ。そして俺を仲間に引き入れ、その計画の成功の為に『頼み事』を実行させようとしているのである。黒幕の計画を成功などさせる訳にはいかない。
尚更、俺はクロッマー侯爵の仲間になる選択はないのだ。
「残念だが……。ハリソン伯爵には、私を支える大事な仕事がある」
少し呆れたような声で、クロッマー侯爵は『面倒な駄犬』に仕事があると告げた。俺がこの期に及んで、代役などという安価な逃げ道を口にしたことにより興が冷めたようだ。俺としてはこのまま、つまらない平凡なモブであると放置してほしい。そしてこの場から去ってほしいのだ。
「そうですか……それは残念ですね」
俺は平坦な声で返事をする。『頼み事』を『面倒な駄犬』に押し付けることが出来れば、どんなにか楽だっただろう。それが現状から考えてもほぼ不可能であるが、そんなことを考えてしまうのはこの状況に辟易としているからだ。謎の気持ち悪さから、思考が上手く働かない。その上、クロッマー侯爵からの追加情報が思考を鈍らせる。
しかし、情報が手に入った。それは王城で行われるパーティーの計画にハリソン伯爵を同行させることだ。黒幕派を一網打尽にするには最適の機会である。そして『面倒な駄犬』には大事な役割があるようだ。それが何であるか具体的なことは分からない。だが黒幕と『面倒な駄犬』が関わるのだ。至極面倒なことであるのは確かである。




