第八十七話 『計画の主』⑯
「マルセイ第二王子殿下に何をしたのですか?」
第二王子の安否について、クロッマー侯爵に訊ねる。無意識に声が低くなるのは、致し方ないことだ。第二王子とは馬車の中でしか関わりがない。だが、少しの時間でも彼は信頼することの出来る人物だと確信をしている。
本来ならば『未来がないマルセイ第二王子』とは如何意味なのか、問い質すべきだろう。しかし今は、第二王子の安否確認が最優先である。敵は公爵令嬢であるリベリーナを貶めることを計画した外道だ。将来有望な第二王子に害を与えることも平気でするだろう。
「安心したまえ。マルセイ第二王子自身には何もしていないさ。それではつまらないだろう?」
俺の反応に満足そうにクロッマー侯爵は、第二王子には危害を加えていないことを口にする。しかし『第二王子自身には』という言葉に引っ掛かりを覚えた。つまり他の人間には危害を加えたということだ。
未だに第二王子派がこの場に現れないということからも、重大な問題が発生したのは確実である。そしてそれは、クロッマー侯爵が仕掛けた陽動作戦によるものだろう。
更に言えば『つまらない』ということは、第二王子に確実に危害を加える機会があることを意味している。王族である第二王子に危害を加えるということは、この国に喧嘩を売る様なものだ。一侯爵であるクロッマー侯爵が相手に出来る相手ではない。イリーナという捨て駒も、イリーナの操り人形の元王太子も居ないのだ。将来の国王を害して得られるものなど何もない筈である。クロッマー侯爵が、一体何をしたいのか分からない。
だが、この場において話の主導権を握られたことは確実である。非常に不味い展開だ。一段と気分が悪くなるのを感じる。
「それは……」
「これ以上のことを知りたければ、私の仲間になりたまえ。ロイド・クライン」
黒幕の考えることは分からない。一つだけ分かることは、黒幕が考えることなど碌なものではないということだ。俺が告げようとした言葉はクロッマー侯爵に遮られた。そして勧誘が始まる。俺が疑問に感じていることや、第二王子に危害を加える詳しいことは仲間になれば教えるというものだ。悪徳勧誘である。
「…………」
クロッマー侯爵の仲間になることを容認すれば、『利点』という名の『障害』を押し付けられる羽目になるのだ。第一にリベリーナを苦しめ、貶める計画を立てた者に従うなど許せない。
だが黒幕であるクロッマー侯爵に、確認をしなければならないことがある。しかし今の状況では、何を質問しても簡単に答えるとは思えない。逆に答える代わりに仲間になるように強要してくる可能性がある。面倒な状況だ。
「私の仲間になると絶対的な誓いを立てるならば、計画の全てを教えよう」
俺が何も告げないでいると、クロッマー侯爵が仲間になることを催促する。謎の自信と余裕を持つクロッマー侯爵だが、これだけ俺を従わせたいということは俺にしか出来ないことがあるようだ。勿論、それは黒幕であるクロッマー侯爵に優位に働く行為である。
現状ではクロッマー侯爵の陽動作戦により、第二王子派は動きが取れていない。更には面倒な状態に陥っている可能性が高いのだ。黒幕派が大変優位なのは嫌でも分かる。そんな状況に俺がリベリーナや第二王子を裏切り、彼らをより不利な状況になることは絶対に防がなくてはならない。
だが一つ気になることがある。それはクロッマー侯爵が、まるで計画を俺に知らせたいような口ぶりであることだ。仲間になったとしても裏切る可能性がある者に、計画の全貌を話すのは得策ではない。クロッマー侯爵にとって俺は、予想外のイレギュラーな存在で邪魔者である。何か魂胆があるのだろう。
如何にも嫌な予感がする。
服の上から、リベリーナの無実を証明する証拠品を撫でた。




