第八十三話 『計画の主』⑫
「……くっ、ロイド・クライン……私は本気で君のことを心配しているのだが?」
俺の返事にクロッマー侯爵は苦しそうな声を上げた。
その声には自尊心を傷つけられた怒りと、思い通りにならない苛立ちが混じり合っている。その反応は致し方無い。クロッマー侯爵にとって俺は邪魔者であり、取るに足らない地方男爵家の三男坊である。そんな俺のようなモブキャラクターに再三の提案を断れたのだ。 クロッマー侯爵の胸中は大荒れで、怒り心頭のことだろう。通常ならば、侯爵からの提案を地方男爵家の三男坊が断れる訳がない。しかし俺は断った。クロッマー侯爵は自身の思惑が通らずに憤慨しているのだ。
本来ならば大声で怒鳴り散らしたい筈である。だが未だに理性を総動員し、歯を食いしばりながら堪えているようだ。クロッマー侯爵にも、一応は黒幕としてのプライドがあるようである。
しかしその様子を、いい気味だと思う俺は性格が悪いから仕方がない。
一つ残念なことがあるとすれば、苦しみに歪むクロッマー侯爵の顔を拝むことが出来ないことだろう。
「自身のことでは自分で出来ますので、ご心配なく」
俺はクロッマー侯爵を煽るように言葉を重ねる。俺が黒幕に加担することは決してない。今後のことを黒幕に心配をされる筋合いもないのだ。
これで俺を従わせる『術』は出揃ったようだ。『利点』という耳障りのいい言葉で偽った『障害』の正体は知れている。
この期に及んで、未だ『俺の心配』などと言葉を宣うとは往生際が悪い。黒幕だから諦めが悪いのは仕方がないのかもしれないだろう。
「……本当にそれを言っているのかね? 君は今の自分の置かれている立場を理解しているのかね?」
「ええ、勿論です。私の状況を理解した上での発言です」
先程よりもクロッマー侯爵は声を落ち空かせると、語りかけるように戯言を告げる。『状況』ではなく『立場』ときたものだ。この状況でもクロッマー侯爵は自身が絶対的な強者であり、弱者である俺が『利点』の為なら従うと信じている。全くもって愚かしいことこの上ない。
クロッマー侯爵にとって俺は、第二王子の援軍も期待出来ない非力なモブだろう。確かにそうだ。地位や権力もなく武術や体術も得意ではない。荒事は苦手であり、特に秀でた能力や技術も持ち合わせていない只のモブだ。
黒幕が説く『立場』でいうならば侯爵と伯爵相手に、勘当された地方男爵家の三男坊など吹けば飛ぶような存在である。如何様にも罪状を作り出して、俺の人生を社会的にも生命的にも終わらせることが出来るだろう。
それに対して『状況』は、生命の安全は目の前にある堅牢な扉に守られている。少し時間を稼ぐことが出来れば、リベリーナの無実を証明する証拠品を抱え『秘密の抜け道』から脱出をすることが出来るのだ。
『立場』は芳しくないが、『状況』はチャンスさえあれば希望がある。
「……私はこんなにも、君のことを心配しているというのに……分かってもらえないか……」
「クロッマー侯爵も『お忙しい』でしょうからお帰りになられたらいかがでしょうか?」
今度は弱々しい言葉で俺の同情を誘うつもりかもしれないが、リベリーナを貶めようとした黒幕に慈悲はない。さっさと帰れという意味を込めて、帰宅を促す。このまま大人しく、ハリソン伯爵を連れて帰ってくれれば最高である。だがそれではクロッマー侯爵は、何の成果も無く帰ることになるのだ。大人しく従う筈がないだろう。
「……っ!! それが! お前が従わないから出来ないのだろうが!!」
我慢の限界を突破したようだ。大きく膨らんだ風船が破裂するかのように、クロッマー侯爵の怒鳴り声が響いた。
予想通りの反応に、俺の口角が上がった。




