第八十二話 『計画の主』⑪
「っ! なっ……何故だ!? 私の仲間になればこれらの『利点』が得られるのだぞ!?」
俺の返答に理解出来ないとクロッマー侯爵は騒ぎ立てる。
自分の考えが一番だと自負しているのだから、この反応は当然だろう。しかし、クロッマー侯爵が提示した内容は『利点』ではなく完全に『障害』である。
そもそも俺がクロッマー侯爵の支配下に置かれる時点で『利点』ではない。『利点』とは本来、有利な点や利益があることを示す。だが、クロッマー侯爵が説く『利点』は黒幕にとって都合の良い『利点』である。俺には何も有利なことも、利益があることもない。逆に『障害』となり俺の自由を縛るものだ。加えて、今迄挙げられた『利点』は、全てクロッマー侯爵により地位や権力を使った脅しである。間違えても利点などとは言えない代物だ。
俺は卒業パーティーの断罪タイムに介入し、リベリーナの冤罪を晴らした。更には元王太子とイリーナと愉快な仲間たちを吊るし上げたのだ。黒幕であるクロッマー侯爵にとって、俺という存在はこの上なく邪魔者な存在である。俺を従わせる仲間にすることにより、二度と逆らえないようにする算段なのだろう。クロッマー侯爵が俺に何をさせたいのかは分からない。
だが一度でもクロッマー侯爵である黒幕に加担すれば、一生そのことを口実にされ利用されるだろう。『利点』として提示した数々がそれをありありと表している。
先ずは、俺自身の命についてだ。これは単にクロッマー侯爵に従わなければ、俺程度のモブなど処分をするのは容易いということである。単純且つ、明瞭で典型的な脅しの一つだ。皆、自分の命は大切である。大抵は従うところだろう。
次に家族については、俺がクロッマー侯爵を裏切ろうとすれば、家族に危害を加えるということだ。つまり人質である。遠く離れた実家の家族を人質にされ、俺は従属を余儀なくされるのだ。
続いて、就職先・職業であるが、これは生きていく上でお金がかかるのは前世と同じである。クロッマー侯爵に従えば、それなりの良い就職先と職業が用意されるだろう。だが、それは、生きる基盤を黒幕に委ねることに他ならない。逆らえば仕事を失い、生活が出来なくなるだろう。死活問題である。更にクロッマー侯爵が斡旋した仕事場には、俺を監視下する黒幕の配下たちが存在する筈だ。誰が一般人で、誰が黒幕の配下か神経をする減らせることになるだろう。
それから住居に関しては、斡旋された物件など心が落ち着く訳がない。隣人が黒幕の配下か疑いながら、常に見張られることになるのだ。黒幕派に常に居場所を知られ行動も筒抜けなど、プライバシー侵害も甚だしい。
最後に素敵なご令嬢の紹介であるが、これは完全にクロッマー侯爵から逃れる術がなくなるだろう。紹介される素敵なご令嬢は、勿論クロッマー侯爵の息のかかった令嬢だ。俺を確実に近くで見張り、クロッマー侯爵への連絡係としても優秀な位置に存在することになる。不審がられないように、実家の家族を丸め込むのに最適な手段だろう。万が一、俺が黒幕であるクロッマー侯爵を裏切ろうとすれば、令嬢が俺を制圧し迅速に連絡をする筈だ。
そして厄介なことに俺が黒幕を裏切り告発をしようものならば、令嬢は悲劇のヒロインを気取るだろう。あることないこと、黒幕の悪事を俺に被せるかもしれない。結果的に俺を社会的にも生物的にも息の根を止められるだろう。完璧な詰みである。
以上のことから俺は『利点』を受け入れることは出来ないのだ。
第一、リベリーナを貶めたクロッマー侯爵に従うなど俺の矜持が許さない。
「……ですから、その反吐が出そうになる提案など受け入れられません」
俺は吐き捨てるように、拒絶の言葉を告げた。




