第八十一話 『計画の主』⓾
「……そうか。ならば今後の生活は私が保証しよう」
クロッマー侯爵は、俺を従わせるのに家族を『利点』として利用出来ないと悟ったようだ。諦めたように、次の『利点』について話し始める。常に噓で固められているクロッマー侯爵には、俺の真実に紛れた噓に気付くことがなかった。そのことに一安心をする。
それにしても、切り替えの早い男だ。損得勘定が早いのだろう、今迄にどれ程の人々を駒として捨てて来たか分からない。正しく黒幕に相応しい判断力と言える。
次の『利点』は俺の生活についてだ。実家から勘当されている状況を逆手に取った提案である。クロッマー侯爵が語る以上に胡散臭い保証はない。
「いえ、ご心配なく。クロッマー侯爵の手をお借りするまでもありません」
クロッマー侯爵の提案を、俺は明確に拒否する。
「遠慮をすることはない。卒業後の進路も住む場所も決まっていないのだろう? 就職先も斡旋しよう。良い条件の物件もある。そうだ、素敵なご令嬢も紹介しよう」
予想以上にクロッマー侯爵は、俺に関しての情報を集めていたようだ。俺は学園の在学中は、就職活動も良い婿入り先を探すこともしなかった。全て、リベリーナの断罪回避の準備に奔走していたのだ。そのことを悔やんだことはない。逆に卒業パーティーで断罪タイムに介入することが出来ず、リベリーナの断罪を回避することが出来ない方が後悔しただろう。
クロッマー侯爵が指摘したように、俺には行く当てがない。
第二王子と遭遇しなければ、実家に戻ろうとしていたところだった。此処まで来るのに色々とあったが俺が無職であり、良い婿入り先も伝手も持たないモブであることは変わらない。寧ろ、今まではリベリーナの断罪回避という目的があったが、それは成された。目下の目的は黒幕であるクロッマー侯爵と、その配下たちの悪事を白日の下に晒し吊るし上げることである。それが済めば、俺は目的の無いモブになるだけだ。
その状況を嘆くことはない。モブとしては当然の結果である。
だが、クロッマー侯爵が就職先や住居の斡旋に、令嬢を紹介するという申し出は受け入れ難い。黒幕の目的は、俺を従わせることと監視下に置くことである。リベリーナの断罪タイムに介入した異物である俺を放置しておくのは危険だと判断をしたのだろう。
王都で仕事を探すにしても、地方で探すにしても侯爵を敵にすれば就職率は限りなくゼロに近い。地位や権力に加えて、独自の情報網を持っているだろう。俺の根もない悪評を流されば、就職は疎か住む場所も借りることが出来ない可能性がある。
つまり、黒幕が言いたいのは『生き残りたいならば、従え』ということだろう。
この世界でも生きるには経済力が必要になる。しかし俺にはその条件を満たすことは出来ない。そのことを見越して、クロッマー侯爵は『利点』として提案をしているのだ。自身の仲間になり、斡旋された職業に従事し、同じく斡旋された住居に住む。そして、クロッマー侯爵に紹介された令嬢と結婚をしろというものだ。
一生、クロッマー侯爵の監視下に置かれるなんて御免被る。
「お断りいたします」
誰がリベリーナを貶めようとした黒幕の提案などに従うものか。
俺はクロッマー侯爵の提案を拒絶した。




