第八十話 『計画の主』⑨
「……は……?」
クロッマー侯爵は間抜けな声を上げた。黒幕に一泡吹かせることが出来たことに、少しだけ気持ちが軽くなる。
「おや? 聞こえませんでしたか? 失礼、この扉が厚い所為ですね。もう一度お伝えします」
俺はわざとらしく首を傾げた。先程まで普通に扉越しに会話をすることが出来ていたのだ。騒音もないこの場で、急に聞こえなくなるわけがない。俺の発言により、クロッマー侯爵が想定外のことに驚き固まっただけである。だが大事なことなので、もう一度言おう。
「……いや、そうではなく……」
「私、ロイド・クラインは実家のクライン男爵家から勘当をされています」
動揺しながらも止めようとしたクロッマー侯爵を無視する。そして俺は先程よりも大きな声で告げた。勿論、実家からは未だ勘当されていない。俺が一方的に絶縁状を送っただけである。卒業パーティーで行われた断罪タイムに介入するにあたり、実家に迷惑をかけない為の保険だ。
断罪タイムで相手取るのは、王太子にヒロインと愉快な仲間たちであった。俺が地方男爵家の三男坊であり、一応は貴族の末端である以外は何も持たないモブである。モブが断罪タイムに介入し、王太子からリベリーナに下される断罪を覆すなど通常ならば不可能だ。その為、俺は入念に準備を重ねた。学園に入学してから、リベリーナの断罪を回避することだけを考えてきたのだ。
第一優先はリベリーナであるが、家族が応援してくれなければ学園に通うことは叶わなかった。そして俺個人で起こした介入に、家族を巻き込むことが無いように絶縁状を用意し実家に送ったのだ。
「……っ! だが、家族は大切だろう?」
クロッマー侯爵は狼狽しながら、家族の存在について語りかけてくる。俺を従わせる為に、俺の家族を『利点』として話題に上げた。しかしその家族から勘当されていると聞かされ、『利点』として活かすことが出来ないと慌てているのだ。
「それが……残念ながら……。実家からは二度と関わるなと強く言い渡されていますので、私が関与することは出来ないのです。つまり……他人になりますね?」
正直な話、俺が送った絶縁状が如何いう扱いをされているかは分からない。本当に勘当されている可能性もあれば、保留されている可能性もあるのだ。だが此処で大事なのは俺の家族が、俺を従わせる為の『利点』に成り得ないということを明確に示すことである。
利用価値が無ければ、クロッマー侯爵がわざわざ手を出すとは考え辛い。地方男爵家とはいえ、貴族に何かあれば騎士団による捜査が行われるだろう。俺の証言や脅したことも加味して、クロッマー侯爵が自身の関与を証明することになるからだ。クロッマー侯爵も、そこまで愚かではないだろう。
絶縁状に対しての返事は届いていない。
その為、現在の俺が貴族の端くれなのか、平民なのかも分からない。実家から拒絶され、俺自身も実家の家族に未練がないことを告げる。当然ながらこれも噓であるが、家族を守る為にはこれが最良の策だ。
予定行われた断罪タイムに介入し、リベリーナを助けることは出来た。家族には育ててくれた恩がある。俺個人が起こしたことに家族を巻き込むことは出来ない。況しては危険に晒すなど以ての外だ。実家の家族が自分たちの身の安全を第一に考えていてくれれば、俺はそれで満足である。




