第八話 追撃⑤
「…………」
予想通りロッカーの中には、何箇所も酷く破られた黄色いドレスが揺れている。周囲の群衆から驚愕と困惑の声が上がる。
「それで? この破れたドレスが何か?」
何が出てくるのかと思えば、件のドレスである。まさかこのドレスを見せ、お涙頂戴でリベリーナを断罪しようとしているのではないだろうな。俺は呆れながらエマへと首を傾げた。
「はぁ!? このドレスの惨状を見て何も思わないわけ!?」
「特には。まあ……酷く感情的に破ったということは分かります。それも刃物などは使わず、自身の手で引き裂いたのでしょう。犯人はそれだけ感情的だったということですね」
このドレスがこのようになった経緯を知っている俺にとっては、思うところはない。強いて言えば、証拠品の提示を要求する手間が省けたということぐらいだろう。
感情的なエマとは反対に、俺はドレスの現状を淡々と述べる。
「そうよ! だから犯人はリベリーナ様しか居ないわ! 王太子殿下がイリーナ様と仲が良いから、嫉妬に駆られたリベリーナ様がやったとしか考えられないわ!」
「それはバボラさん、貴女の憶測ですよね?」
リベリーナがそんな理由で悪事に手を染めるわけがないだろう。そもそも婚約者がいる身で、王太子が他の女性と懇意するのが間違っているのだ。更に言えば、王太子という身分は将来この国を背負って立つ国王になるのだ。つまり国民からの支持、臣下からたちの信頼関係が必要となるのだ。そのことも踏まえて、国王としての地位を盤石なものとする為に、フォルテア公爵令嬢であるリベリーナと婚約を結んでいたのだ。
フォルテア公爵は宰相であり、他の貴族たちと国王の間を結ぶ大事な役割を担っている。その一人娘であるリベリーナを王妃と迎えれば、国は安泰である。彼女は性格・能力・家柄としても申し分のない人物だからだ。
そんな素敵なリベリーナを、愚かな王太子への感情で行動したなど馬鹿なことを言わないでもらいたいものだ。俺はエマを冷たく見下ろす。
「何よ! だから! このリベリーナ様のロッカーから出てきたドレスが、動かぬ証拠だって言っているじゃない!」
「では……イリーナ様のご実家からドレスが送られてきたのが一週間前。そして破られ発見されたのが、3日前。4日前の夜に破られロッカーに隠されたということになりますね?」
甘いな。確かにドレスも証拠品だが、それだけでは不十分だ。このドレスは本当の証拠へと導く一部の証拠品だ。動かぬ証拠というのは如何足搔いても覆らない、証拠品に犯人の名前が書いてあるような確実な証拠のことである。
話しを進めるべく、ロッカーに隠された時間を確認する。
「そうよ! だから4日前の夜にリベリーナ様が……」
「『寮の部屋に忍び込みドレスを盗んだ』ですか?」
「え、ええ! そうよ!」
「それは無理でしょう。イリーナ様の部屋には本人と、同室の貴女が居る。寮生でもないリベリーナ様が寮に居れば、他の寮生が目撃し不審がられることでしょう」
淑女であるリベリーナが許可もなく、寮に忍び込むなどありえない。俺も寮生活を送っているが、寮での規則は厳しく就寝前には監督生の点呼がある。寮生は全員顔馴染みであり、知らぬ人間が居れば直ぐに知れ渡る。きっと女子寮も同じだろう。そんな状況で公爵令嬢であるリベリーナが誰にも気が付かれることなく忍び込み、ドレスを持ち出すなど不可能だ。
「……そんなの偶々、見つからなかっただけで!」
「寮には必ず守衛の方々が在中しています。寮の出入は厳しく管理・記録されています。リベリーナ様が寮を訪れたことは今日まで一度もありません」
将来を担う人材である貴族の令息令嬢が通う寮の警備は厳重である。学園の許可を得て、管理名簿を見せてもらい訪問者にリベリーナの名前がなかったことは確認済みである。
「そんなの! 貴族なら守衛に命令すればどうにでもなるじゃない!」
「残念ながらそれはありませんよ。リベリーナ様はこの一週間、毎日学園での授業後に登城されておりますから無理です」
確かに貴族ならある程度権力を行使することは出来るが、王都の学園ではそれは通用しない。学園は小さな社交の場である。卒業後は皆、結婚・就職や家督を継ぎ本当の社交の場に出るのだ。その予行練習も踏まえての学園生活である。
つまり不正行為や権力は禁じられており、それでも強行する愚か者は卒業することが出来ない仕組みなのだ。寮生を預かる守衛たちは誠実で真面目な者たちが採用されている。不当な命令には従わずに学園長へと報告がいくのだ。自ら証拠を残すような行為をするわけがないだろう。
更にリベリーナの一週間の予定も伝える。
「なっ! でも……行ったふりかも!」
「4日前の日は特別でして、リベリーナ様の馬車がぬかるみに嵌り止まっていました。すると偶然通り掛かった、第二王子殿下であるマルセイ様がリベリーナ様をご自身の馬車に招かれたのです。私は寮に帰る途中でした。他にも目撃した生徒は沢山居ると思いますよ?」
王城に用があるということは、その場にしか居ない人物に会うためである。両陛下への謁見だと考えるのが普通だろう。公爵令嬢であるリベリーナが、両陛下の呼び出しを無視するなど出来るわけがないだろう。
しかしあの4日前のことは予想外だった。ゲームでは設定上の人物だけで、一切登場することはなかった。その第二王子であるマルセイがリベリーナの前に現れたのだ。彼も同じ学園に二年生として通っている。偶然にも第二王子という地位がある人が、リベリーナのアリバイを証明することになってくれたのは有り難いことだ。
俺には王太子やイリーナの噓を一掃する力はない。スケルやエマ相手にでさえ、こうして小さな証拠を積み重ねることでしか対抗できていない。そのことを悔しく歯がゆく感じる。
「なっ! でも……そんなのこっそりと帰ってくれば……」
王城からこっそり帰るなど出来るわけがないだろう。警備の厳しさは寮を遥かに上回る。行きを第二王子の馬車で行ったのならば、帰りは公爵家の馬車が迎えに行く。家紋付きの馬車で目を引く。隠密行動など出来るわけがない。
「因みにその後、リベリーナ様は御父上のお仕事を手伝い、朝までお城で過ごされたそうですよ?」
エマの言い訳を一つずつ確実に潰していく。
「……っ、くっ……でも! リベリーナ様のロッカーから出てきたのよ!」
言い訳が尽きたのか、繰り返しロッカーについて叫ぶエマ。そんなに状況証拠に拘るのか理解できない。ならばそれも崩してしまおう。
「初めから疑問に思っていたのですが……それは本当にリベリーナ様のロッカーですか?」
俺は『リベリーナ』のプレートが掛かっているロッカーを指差した。




