第七十八話 『計画の主』⑦
「あれは7年前程前に偶然にも、王都で作物を献上しに参った際だ。列の前後になり、二三言葉を交わしただけだがね?」
クロッマー侯爵は俺の質問に淀みなく答えた。話の内容は、絶妙に噓とは思われないギリギリの範囲である。確かに一年に一度、王都に領地で採れた作物を献上に赴く。与えられた期間内に献上する為、並ぶ順番などは決められていない筈だ。爵位の差がある者が前後に並ぶ可能性も十分にある。
「そうでしたか……」
俺は敢えて予想が外れたという残念な声を出す。
クロッマー侯爵が家族と面識がないことは、先の返事からも判明をしている。今の『二三言葉を交わしただけだがね?』という発言も勿論噓だ。後は家族の安否確認だが、クロッマー侯爵は家族について明言を避けている。加えて、クロッマー侯爵は自身で『ご家族はお元気かな?』と質問をした。直前に俺の家族を捕え様子を見ていれば、何か特徴的なことを口にするだろう。その方が俺に対して『利点』として信憑性と恐怖心を植え付けることが出来るからだ。しかしそれがない。
つまり家族とクロッマー侯爵は、接触をしていない可能性が非常に高いということだ。
そもそも幾ら黒幕であるクロッマー侯爵が用意周到でも、卒業パーティーから数日しか経過していない間に俺の家族を捕えることは不可能である。王都から、俺の実家であるクライン男爵領地へは馬車で二週間程かかるのだ。卒業パーティー後、直ぐに黒幕派の刺客を実家に送り込んだとしても未だに男爵領地へは至らないだろう。
魔法が存在しないこの世界では、遠く離れた地に居る人物を捕えるなどとは不可能な話である。こういう際には実家があるのがド田舎で良かったと思う。
加えて、王城で行われるパーティーにより各貴族たちに招集をかけている。その手紙を受け取り王城で行われるパーティーに参加する為に、家族が王都に向かう可能性はあるだろう。王命であれば逆らえない。タイミングが悪ければ黒幕派の刺客と遭遇してしまうが、残念ながら俺の実家はド田舎である。王都へ招集する連絡も未だに届いていないだろう。伝書鳩を使用すれば早いが、それでも数日は必要である。早くても丁度連絡を受けとり、大急ぎで王都に向かう用意をしている頃だろう。
もしかすると国王か第二王子が黒幕の存在を心配し、俺の実家には招集をかけていない可能性もある。要するに、俺の家族は現在危険に晒されていないということだ。取り敢えずだが、家族の無事に安堵する。
「如何かしたかね? 嗚呼、私の言葉を疑っているのかね? 安心したまえ、君の前では私は噓を吐かない。そうだな……国王陛下に誓おう」
「……っ……」
何故こうも癪に触るのかは分からない。だが内容は同じであるのに、第二王子が口にした『親友に誓い噓を吐かない』という誓いとかけ離れたものに感じる。第二王子は『親友』を本当に信頼し、高尚で清廉な誓いだった。
それに対してクロッマー侯爵の誓いは、酷く軽薄で粗暴で下劣な言葉としか思えないのだ。こうも人の心に響かない言葉を紡げるのも、一種の才能かもしれない。引き合いに出された国王に同情をする。この国の頂点に誓うと言いつつ、平然と噓を吐く神経に関しては一級品だろう。流石は黒幕である。
俺は腹立たしい気持ちを抱えつつ、呼吸を整えた。




