第七十七話 『計画の主』⑥
「……おや? クロッマー侯爵は、私の家族と面識がおありなのですか?」
俺はクロッマー侯爵の言葉に首を傾げた。扉の向こう側から俺の様子は見えないだろうが、声色に信憑性を持たせる為である。
クロッマー侯爵から、俺の家族について言及をされるとは予想外である。しかし黒幕の仲間になることによって得られる『利点』という話題に、家族のことが上がると言うならば家族が害される可能性があるということだ。若しくは、既に黒幕であるクロッマー侯爵の手によって害された後かもしれない。どちらにしても、現段階では俺には家族の安否確認をする術は持ち得ていないのだ。
それ故に変に動揺を表して、黒幕を喜ばせるよりも家族の現状把握に努める。先ずはクロッマー侯爵が、俺の家族と接触をしたことがあるか如何かの確認だ。この黒幕は嫌な仕事や汚れ仕事を人にやらせる気質がある。万が一にも、家族が黒幕派に捕えられているならば配下を使ってのことだろう。
しかし、家族の確認は自らする筈である。幾ら汚れ仕事を人に任せる黒幕でも、俺を従わせる『利点』の様子は確認するだろう。人を使った弊害から、間違いは起こるものだ。捕えた人物が他人である可能性もある。交渉材料が無ければ、意味を成さないからだ。
クロッマー侯爵が最終確認を自身で行うことは、卒業パーティーの件とハリソン伯爵の件で確認済みである。卒業パーティーでは、リベリーナが断罪される様子を黒幕自ら見に来ていた。ハリソン伯爵では、『面倒な駄犬』の監視を隣でしていた。クロッマー侯爵は最終確認をせずには居られないのだろう。難儀な性格である。
兎に角、クロッマー侯爵から本当に家族と面識があるのかを確認をする。
「……嗚呼、勿論さ」
クロッマー侯爵は質問に対して肯定した。この質問は答えが肯定でも否定のどちらでも構わない。重要なのは、返事をする際のクロッマー侯爵の態度や声色である。勿論、返事をする間や喋る速度にも気を付けてなければならない。今迄の会話から大体のクロッマー侯爵の話し声は分かっている。後は俺が上手く質問をして、言葉の裏側に隠れた本心を探れるか如何かということだ。
因みに今の質問に関して言えば、クロッマー侯爵は動揺の後に噓を吐いた。
動揺に関しては、俺が家族を『利点』の話題として出されたにも拘わらず『面識があるか?』という予想外の質問をしたからだ。通常ならばクロッマー侯爵の言葉に対して、家族の安否を心配するだろう。『家族に何かしたのか?』・『家族は無事なのか?』などの質問である。
だが俺は心配した様子もなく『面識があるか?』という、まるで状況が理解出来ていないような吞気な質問をした。クロッマー侯爵は俺が怯えながら安否確認をするのを、予想していたのに拍子抜けしたのだろう。動揺を誘えたのはラッキーである。
俺はこの世界の家族の心配をしていないわけではない。只、確認が必要なだけである。本当に家族が危険な目に遭っているならば、助ける策を講じるだろう。だが、クロッマー侯爵の噓であるならば話に乗る必要はないのだ。
続いてクロッマー侯爵が噓を吐いたというのは、家族と面識があるということである。
俺がこの世界に転生してから、実家においてクロッマー侯爵家と関わりがあるという情報はない。俺が王都の学園に通っている間も、そのような情報は入ってきていないのだ。侯爵家と交流があれば、一大ニュースだと手紙を送ってくる筈である。しかしそのような内容の手紙が届いた覚えはない。
そもそも、侯爵家と地方男爵家では格が違う。爵位や財力に領地の大きさ、挙げればきりがない。更に言えばクロッマー侯爵家領地とクライン男爵領地は、場所が遠く離れているのだ。爵位的にも領地の位置的にも、関わりがある方がおかしいぐらいである。
つまり、我がクライン男爵家とクロッマー侯爵家は接点の無いのだ。
例え接点があったとしても、クロッマー侯爵が地方男爵家など眼中にないだろう。平然と噓を吐くところは、流石は黒幕だ。
「そうですか。では、どちらでお会いになられたのですか?」
クロッマー侯爵が家族と面識がないことは分かった。後は家族の安否確認だ。俺はごく自然に質問をした。




