第七十五話 『計画の主』④
「そうですか。そのようなことで私が貴方側に付くとでもお思いなのですか?」
クロッマー侯爵は高慢にも、人の命を握っていることを誇らしげに語った。殺生与奪の権利を他人に預けるなどする訳がない。しかしクロッマー侯爵は自身の立場と地位を利用し、嵩に懸かった態度をとる。
自身の命惜しさに、俺がリベリーナの無実を証明する証拠品を手放すと本気で思っているのだろうか。そんな心構えならば、初めから断罪タイムに介入などしない。俺の覚悟を随分と舐めてくれているようである。
「……いや? そうならば簡単なのだかね?」
俺が断ることは予想していたように、クロッマー侯爵は俺の言葉を肯定した。俺を従わせる『術』が、まさか俺の生命を脅すだけではない筈である。加えて、俺が断ったというのに不遜な態度を貫くところから、まだ何か隠していることが推察される。
「ならば、この交渉は無意味です」
明確にリベリーナの無実を証明する証拠品を渡す気がないことを告げる。
「……如何だね? 君が所持している証拠品を渡せば、命は助けると誓おう」
「…………」
俺はリベリーナの無実を証明する証拠品を渡すことに関して拒絶した。しかしクロッマー侯爵は、俺の言葉を無視するかのように言葉を重ねる。まるで言葉のキャッチボールが出来ていない。そんな現状に困惑するが、相手は黒幕である。油断をすることは出来ない。何か裏があるだろう。
そして漸く、黒幕の口から『証拠品』について語られた。
どのようにして、リベリーナの無実を証明する証拠品を俺が所持しているか知り得たのかは分からない。黒幕であるクロッマー侯爵であるならば、方法は幾らでもあるだろう。俺のようなモブとは違い使える手段は幾らでもあるのだ。
加えて、俺がリベリーナの無実を証明する証拠品を渡せば、命を助けると言うのだ。極悪非道な黒幕がそのような発言をするなど、俄には信じがたい。リベリーナの無実を証明する証拠品を渡す気は毛頭ないが、黒幕の言葉を信じる余地は微塵もないのだ。
「私も君の様な優秀な人材を失うのは悲しいからね」
「御戯れを……」
白々しく語るクロッマー侯爵に嫌気が差す。俺のようなモブに対して、黒幕が此処まで言葉を重ねる理由が思い当たらない。
クロッマー侯爵が言う『優秀な人材』と俺はかけ離れているのだ。黒幕にとっての『優秀な人材』とは、自身の思い通りに動く駒のことだろう。俺は真逆の存在である。
第一に黒幕であるクロッマー侯爵にとって、俺は突然現れたイレギュラーで邪魔な存在だ。俺の介入が無ければ今頃、黒幕派はリベリーナを断罪し終え祝杯を挙げていただろう。だが、それは結果論である。確かに俺は断罪タイムに介入をして邪魔者認定をされた。
しかし俺は只、先に介入しただけである。後には第二王子が控えていた。俺が介入をしなくても、第二王子が国王と宰相を控え室に呼んでいたのだ。即ち第二王子には断罪タイムに介入する準備を出来ていた。リベリーナの冤罪を晴らすのが、俺か第二王子かの違いだけである。リベリーナを断罪から救うことが出来るならば介入するのは、俺でも第二王子でもよかったのだ
事前に第二王子が断罪タイムに介入し、リベリーナの冤罪を晴らす計画があることを知り得ていたならば介入をしようと思わなかった。
如何考えても、第二王子と俺では説得力に差があるのだ。断罪タイムに介入をしても、リベリーナの冤罪を晴らすことが出来なければ意味がない。そういう意味で第二王子は、発言力も説得力も十分に兼ね備えている人物である。彼ならば、モブの俺のように小さな証拠を積み重ねるような遠回りをすることもなかっただろう。
つまり第二王子に任せることが、全て上手く選択だったのだ。
第二王子の計画を事前に知ることが出来ていれば、俺のようなモブが出過ぎた真似をすることもなかっただろう。
「そんなことはないさ、私の心からの言葉さ」
「…………」
『優秀な人材』に俺が合致しないことを返せば、上辺だけの安い言葉が告げられる。思ってもいないならば、言葉にしないでもらいたい。得体の知れない気持ち悪さに加えて、頭痛までし始めた。これはクロッマー侯爵と会話をすることによる弊害である。クロッマー侯爵に悟られないように、溜息を吐く。黒幕と対峙してからそう時間が経過していない筈だが、疲労感が果てしない。
そもそもリベリーナの無実を証明する証拠品を強奪するならば、配下の者たちにさせればいいのだ。わざわざ黒幕自ら出向く必要がない。クロッマー侯爵の様子から察するに、俺に何かをさせる考えがあるようだ。先程放っていた『合格』という言葉も気になる。それが単に、仲間にとして引き入れる基準を満たしたこのならばいい。
だが、この情報が遮断された状況では、別の目的に対しての『合格』ならば予想を立てることは難しいのだ。そのことにより、状況が悪化することだけは防がなくてはならない。
「クロッマー侯爵様、お待たせしました!」
慌ただしい足音と共に、ハリソン伯爵が響く。如何やら『面倒な駄犬』が戻ってきたようだ。




