第七十四話 『計画の主』③
「…………」
俺は怒りのあまり言葉を失う。
黒幕であるクロッマー侯爵を感情的に罵倒することは簡単である。正直に言えば、感情のままに衝動的な行動に出る方が楽であり、その選択を取りたい。しかし罵詈雑言を並べ立てたところで、何の解決も意味もないことは理解をしている。俺のペースが乱れれば、それこそクロッマー侯爵の思惑通りにことが進んでしまうのだ。リベリーナの無実を証明する証拠品を守る為にも、冷静さを欠いてはいけない。
両手を強く握りしめ、腹から湧き上げる怒りを抑える。
「くくくっ……如何かしたかね?」
クロッマー侯爵は、俺が黙ったことに対して声を弾ませる。本当に人を苛立たせる天災だ。よりにもよってリベリーナの無実を証明した俺を、仲間に誘うなどこれ以上の屈辱はない。俺がリベリーナを裏切る訳がないことは、黒幕ならば知っている筈である。
加えて、クロッマー侯爵の声には絶対的な自信に満ちていることは事実だ。何か俺を従わせる術があるようである。先ずはその『術』を知る必要があるだろう。
「すいません。何と仰っていたのか分からなかったので、もう一度言ってもらえますか?」
暴れ狂う怒りを腹に抱えながら、平静を装いクロッマー侯爵に尋ねる。俺に驚きと怒りを与え、動揺をした様子を見たいのだろうが誰が思い通りに動くものか。この質問には、誘いに関して拒絶の意味も込めている。
「勿論だとも。ロイド・クライ。君を僕の仲間に歓迎しよう」
明るい声が再び、俺の神経を逆撫でする。クロッマー侯爵は俺の真意を理解した上で再度勧誘をしているのか、本当に分からずに勧誘の言葉を口にしたかは分からない。黒幕であることから、前者が有力である。どちらにしても厄介な人物であることは変わらない。正体不明の気持ち悪さに思考が上手く働かないことが、苛立ちを助長させる。
「クロッマー侯爵は本当に、ご冗談がお好きのようですね?」
黒幕に悟られないように、静かに深呼吸をする。そして俺を従わせることが出来る『術』の情報を集める為に返事をした。この『冗談』という言葉には沢山の意味が含まれている。
俺は卒業パーティーで断罪タイムに介入した。そしてリベリーナを断罪しようとしていた元王太子とイリーナ、スケルにエマを吊るし上げ騎士団に捕えさせたのだ。リベリーナを助けに入った人物である俺に対して、黒幕が仲間になるように誘うのは不可解である。
黒幕であるクロッマー侯爵は、イリーナを捨て駒として操りリベリーナを貶めようとした。どの面を下げて、俺を黒幕派に引き入れようとしているのだ。神経を疑ってしまう。
「まあ、待ちたまえ。私の仲間になれば君に利点が多くある」
クロッマー侯爵は慌てることもなく、淡々と仲間になる利点について語ろうとする。俺が簡単に仲間になることを承諾することがないと、黒幕も考えていたようだ。ならばこの様な勧誘は即刻止めて欲しい。
黒幕側からすれば俺が仲間に加われば自動的に、リベリーナの無実を証明する証拠品が手に入る。加えて、リベリーナと第二王子へ最大の意趣返しが出来るのだ。
確かに俺が黒幕派の仲間として潜入をすれば、第二王子派の現状を知ることが出来るだろう。そして王城で行われるパーティーでどのようにしてリベリーナを再び貶めようとしているのか、その計画も知ることが出来るのだ。だがそれには、リベリーナの無実を証明する証拠品が代償になる。加えて俺が黒幕派の仲間を装うにしても、仲間になることを承諾した途端にリベリーナの無実を証明する証拠品が取り上げられるだろう。
つまり情報を得る代わりに、リベリーナの無実を証明する証拠品を失うことになるのだ。大きすぎる代償である。
黒幕は俺に仲間になることを提案した時点で、俺が上辺だけで裏切る可能性があることは織り込みだろう。黒幕派側の情報を開示する前に、リベリーナの無実を証明する証拠品を回収する筈だ。
そして俺という存在は黒幕にとって邪魔でしかない。仲間に加わったとしても、情報を提供する前に俺を処分することも十分に考えられる。いや、俺という邪魔者を確実且つ、秘密裏に処理をするならば仲間に引き込むことが一番安全な策だ。
「私にはそう思えませんが?」
クロッマー侯爵は俺に利点があると言うが、俺が黒幕の仲間になって得られるものは少ない。第二王子派の状況と情報、王城で行われるパーティーで再びリベリーナを貶める作戦内容ぐらいである。無いよりは有った方が良い情報ではあるが、リベリーナの無実を証明する証拠品を代価として得るほどでの情報ではない。
逆に黒幕にとっては、俺を仲間にすることによる利点は多々ある。先ずは、リベリーナの無実を証明する証拠品を入手することが出来ることだ。そして邪魔者である、俺の排除が容易になることである。黒幕の優位なように全て上手くことが運ぶのだ。だからこうしてわざわざ、黒幕自ら俺の下に足を運んだのだ。
「そうだな。先ずは、君の命が助かる」
傲慢と偏見に満ちた声が鼓膜を揺らした。




