第七十三話 『計画の主』②
「……それで? 私のような者に、クロッマー侯爵様が一体何の御用がおありなのですか?」
俺は意図的に丁寧且つ、煽りを盛り合わせ『何をしに来た?』という言葉を送る。唐突に見せかけて、用意周到にこの場を整えた黒幕への嫌味だ。
黒幕が俺に話しかけた理由は、概ねリベリーナの無実を証明する証拠品を回収する為だろう。だがそれを許容する訳にはいかない。黒幕であるクロッマー侯爵に、会話の主導権を渡すのは不味い。
只でさえ、この建物とこの場は黒幕の支配下なのだ。第二王子派からの援軍が期待することが出来ない現状では、主導権を俺が握らなければ淘汰される。クロッマー侯爵が黒幕であることを除いても、地位や権力と武力では敵わない。リベリーナの無実を証明する証拠品を此処で奪われる訳にはいかないのだ。
「そう、急かさないでも良いではないか……。私は君との会話を楽しみたいと思っているのだ」
俺の嫌味を物ともしないクロッマー侯爵に苛立ちを覚える。
誰がリベリーナを貶めた人物と会話を楽しみたいと思うのだ。卒業パーティーで俺が何をしていたのか、観ていながら平然と噓を吐く。先程から、俺は気分が悪くて仕方がない。この図太い神経について流石は黒幕だといえるだろう。
「いえいえ……私ではご期待に添えることは出来ないかと存じます」
遠回しに、リベリーナの無実を証明する証拠品を持っていないことを伝える。黒幕が此処まで来てまで求めるものなど、これぐらいしか思いつかないからだ。勿論、噓である。しかし俺がリベリーナの無実を証明する証拠品を保管しているという、確証が黒幕にあるとも限らない。
確証があるならば、何処からその情報を得たのかも知らなければならないだろう。俺はこの状況において、渦中の人物であるが何一つ情報を開示されていないのだ。情報を提供されないならば、自身で情報収集をするしかない。
「謙遜は止めたまえ。君のことは高く評価をしているのだ」
黒幕に高く評価されても嬉しくない。はっきり言えば迷惑である。リベリーナを無実の罪で貶めた凶悪犯に評価されるとは、嘆かわしい。より気分が悪くなるのを感じる。
「……クロッマー侯爵となれば、色々と『お忙しい』のでは?」
何時の間にか、会話の主導権が黒幕に握られることに気が付く。こちらは俺一人で、援軍も救援も期待出来ない状態である。それに対して第二王子派を陽動作戦により撒き、余裕のある黒幕では思考に余裕があるのがどちらかは一目瞭然だ。加えて、この正体不明の気持ち悪さが思考を鈍らせる。
俺の発した『お忙しい』の言葉には、第二王子派を陽動作戦に嵌めたことを含ませている。
これだけの騒ぎを起こしているのに、第二王子の部下が誰も現れないのは奇妙である。加えて、黒幕であるクロッマー侯爵の余裕のある態度から推察するに、第二王子派はこちらに気を裂くことが出来ない状態にあるのだろう。
第二王子と第二王子の部下たちの状態は分からない。しかしリベリーナの無実を証明する証拠品に関しての情報が漏れるとすれば、彼らからしかないのだ。裏切られたという可能性は無いだろう。あの第二王子がリベリーナの不利になるようなことをするとは思えない。部下たちに関しても第二王子が選んだ者ならば、主の意向に背くようなことはしないだろう。
単純に考えられるのは、リベリーナの無実に関する証拠品を探られたことだ。卒業パーティーで無実を証明する証拠品の数と品は知られる。後は保管場所を突き止め、照らし合わせれば証拠品が揃っているかは直ぐに分かるのだ。そして第二王子と馬車に乗った俺が、残りの証拠品を所持していると推察するのは容易い。
「いや、そうでもない。張り合いが無くて詰まらなくな……」
クロッマー侯爵は急に単調な口調になる。酷く詰まらなさそうな口ぶりから、第二王子派が陽動作戦にまんまと嵌められたことが確定した。彼らが、どんな状態に追い詰められているかは詳しくは分からない。但し黒幕の発言から、第二王子派が相手にならなかったことは分かった。
いや、あの第二王子が黒幕からの奇襲や陽動を予測していなかった筈がない。王城で行われるパーティーに関して何かあったか、それ以外の不測の事態が起きたかである。
黒幕であるクロッマー侯爵は王城で行われるパーティーで再び、リベリーナを貶める計画をしているだろう。今度こそ、リベリーナを断罪する気なのだ。それ故に決定的な証拠品を手に入れる為に、俺の下を訪れたのだろう。
だが、俺はリベリーナの無実を証明する証拠品を渡す気はない。リベリーナの無実を証明する証拠品を服越しに押さえる。
「此処に貴方様を満足させられるものなどありませんよ」
「いや、有る。単刀直入に言おう……」
再び、リベリーナの無実を証明する証拠品が無いことを伝える。しかし、俺の言葉を即時に否定された。自信に満ちた声に、舌打ちをしたい気持ちでいっぱいになる。
「ロイド・クライン。私の仲間になりなさい」
嘲笑うような声が、宣戦布告を告げた。




