第七十二話 『計画の主』①
「……ほぅ。流石はロイド・クラインと言うべきかな?」
俺の返事を満足そうにする態度が、気分をより悪くさせる。
多少の動揺はあったが、『計画の主』は直ぐに持ち直した。余裕を感じさせる口調を保つ。伊達に『計画の主』を勤めていないようだ。
しかし『計画の主』には、そうで居てもらわなくては遣り甲斐がない。この様な簡単な指摘で動揺され、崩れ落ちてもらっては困るのだ。リベリーナを無実の罪で追いやり、苦しめた張本人がそんな簡単に倒れては幻滅してしまう。
これまでに『計画の主』・『もう一つの足音の主』と呼び名が増えた。だがそれらが意味する人物は一人だけだ。
黒幕の正体は、クロッマー侯爵である。
俺が黒幕からの言葉に対して黙っていた理由は、一番に食い千切りたい相手を前に冷静でいる為だ。
「質問に質問で答えるのは、礼儀がなっていないのでは?」
俺は黒幕へと皮肉な言葉を返す。
目の前にある堅牢な扉があることに感謝をする。そうでなければ、俺は本分を忘れクロッマー侯爵に殴りかかっていたことだろう。しかし暴力は何も解決しない。確固たる悪行の証拠を大衆の面前で提示することが必要だ。クロッマー侯爵が『計画の主』であり、リベリーナを貶めた黒幕であると証明をするのが一番なのである。
一時の痛みなどで許すものか。己が犯した愚行を後世に残るまでの、痛みと恥として刻み付けなければ到底許すことは出来ない。
何故、クロッマー侯爵が黒幕となり、リベリーナを貶める『計画の主』になったかは分からない。貴族間のトラブルか私怨など挙げればきりがないだろう。だがリベリーナを貶め断罪を行おうとしたのは事実である。如何なる理由があろうとしても『計画の主』として、リベリーナを貶めた事実は変わらない。クロッマー侯爵は敵である。俺がやることは変わらない。扉越しに居る黒幕である、クロッマー侯爵を大衆の面前で吊し上げることだ。
現状から導き出された答えは正しかったようだ。
クロッマー侯爵を黒幕だと断定をした理由は幾つかある。
一つ目は聞き覚えがあった声であったこと。その声を聞いたのがごく最近のものであり、最近といえば俺は『ライト・ローク』として活動をしていた。そこから思い出せば、主な出来事は数えることが出来る。
二つ目は、イアン・ハリソン伯爵の存在である。彼が黒幕派の指示役として此処に現れ、如何に『面倒な駄犬』であるかを証明した。その時点でハリソン伯爵が『計画の主』である、黒幕の可能性は完全に消えていたのだ。ハリソン伯爵が階段を上る際に足音は二つあった。だが、その『もう一つの足音の主』はこれまで沈黙を守っていたのだ。護衛や単なる仲間や部下ならば、『面倒な駄犬』が咆えた際に、同調しただろう。
しかしそれは無く、何処までも静観していた。まるでこちらの出方を窺っているようである。加えて、『面倒な駄犬』が執拗に、自身が『計画の主』でない理由を問いただそうとしていた。そのことからも『もう一つの足音の主』が俺に悟られないように、『面倒な駄犬』に指示を出していたのだろう。
それは何故か?
ハリソン伯爵が『面倒な駄犬』である為だ。俺が軽く小突いただけで、黙ってしまうなど情けない。そんなハリソン伯爵が失敗をしないように、隣で見守っていたのだ。何ともお優しいことである。それならば初めから確実に躾ければいいものを、物好きな黒幕のすることは理解出来ない。
更に言えば、卒業パーティーの件でも黒幕は様子を見に来ていた。それはリベリーナが確実に断罪されるのを見るためだ。そしてハリソン伯爵を完全に管理するには、この方法が一番だからである。
黒幕は自ら語らずに、人に指示を出し聞きたいことを聞き出したのだ。流石は黒幕だ。満足する答えが得られなければ、俺に自身の痕跡を悟らせず。静かにこの場を去り、この騒動が発覚しても、全て『面倒な駄犬』の所為にすることを織り込み済みである。
相変わらず、人を駒にして使い捨てるのが好きなようだ。
『もう一つの足音の主』の正体については、階段を上ってくる際に僅かながら黒幕の可能性は感じていた。『面倒な駄犬』の質問に答えを聞かれる可能性があったが、『秘密の抜け道』から脱出するには答えるしかなかった。
「これはこれは、失礼。私としたことが……」
クロッマー侯爵は、わざとらしく芝居がかった口調をとる。意図的に時間をかけているようだ。ハリソン伯爵が『プレゼント』として何を持ってくるのかは分からない。
だが、クロッマー侯爵の余裕と自信に満ちた態度から、第二王子派の援軍が完全に望めないことを悟る。第二王子派は完璧に黒幕が用意した陽動作戦に嵌められているようだ。きっと身動きを取ることが出来ない事態に陥っているのだろう。
第二王子派が陽動作戦により此処にやって来ないこと、此処に居るのが俺というモブであるということ。つまり黒幕であるクロッマー侯爵は勝ちを確信しているのだ。
そうしなければ人を駒として操り悪事を働き、いざとなれば逃げる算段をつけているような卑怯者が堂々と出来てくる訳がないのだ。
「そう! 私こそ『計画の主』である。ベガルト・クロッマー侯爵だ」
悪びれた様子もなく、逆に誇らしげに自身が黒幕であることを告げた。




