第七十話 急展開⑪
「宜しい。次に、貴方の行動は全て誰かの指示の下に行われています」
「……っ!」
早々に会話を終わらせる為に、質問の続きを答える。本来指示をとる者は、視野が広く知恵者が最適である。しかしハリソン伯爵は黒幕派の指示役だが、形だけの指示役だ。行動の全ては黒幕の指示で動いていることが明白である。そんな者が黒幕なわけがない。ハリソン伯爵は俺の言葉に息を飲んでいるようだが、逆に俺はその反応に呆れる。
「そして、こんな簡単な指摘に動揺を表すのもおかしいですね?」
「ぐっ!?」
形だけの指示役としても、ハリソン伯爵は感情的に成り過ぎなのだ。今までの行動からも感情的過ぎる。これが素の反応ではなく周囲を欺く演技ならば、素直に賞賛しよう。しかしハリソン伯爵が黒幕である可能性も『計画の主』である可能性も決してないのだ。それは今までの彼の行動から嫌でも分かる。そして決定的なことがあるのだ。
「このように貴方が『計画の主』ではない理由は多々あります。しかし決定的な理由は……先程卒業パーティーでの件を口にしていた際に『卒業パーティーでは随分と大立ち回りを演じていたそうじゃじゃないか!!』と発言をしていたことです」
「そ……それの何が……」
俺はハリソン伯爵が『計画の主』ではない最大の理由を口にした。いい加減にこの会話を終わらせたいため、俺は丁寧に説明をする。言い訳も弁解もさせる気はない。しかし矢張り『面倒な駄犬』は察しが悪いようだ。ハリソン伯爵の唯一の長所は、人を最大限に苛立たせることである。無知は愚かではない。だが自身で考えることを放棄している者には憤りを隠せない。ハリソン伯爵は思考を放棄し、全て黒幕の指示に従う人形なのだ。
黒幕もそのことを理解しているからこそ、ハリソン伯爵を黒幕派の指示役に宛がったのだろう。そして俺を此処に留まらせ為の役割を与えたのだ。リベリーナの名を出し脅迫することもそうだが、俺が訊ねられれば答えると分かっているのだろう。
「おや? 分かりませんか? 『リベリーナ公爵令嬢を排除しようと計画した天才』であるのならば、リベリーナ公爵令嬢を本当に排除されるか気になるでしょう。計画通りにことが運ぶか不測の事態は起きないか、ご自身の目で確認をしたい筈です」
「だ、だから……」
通常ならば計画を実行する際には、計画の進行状況が気になる筈である。計画が
上手く行くか、自分の計画を邪魔する物が居ないか監視するだろう。俺ならば周囲に紛れて、息を潜め計画の進行を見守る。特にリベリーナを貶めようと画策した黒幕ならば、リベリーナを苦しむ姿を見たくて仕方がない筈だ。だから……。
「先程の発言は『計画の主』であるならば、『演じていたそうじゃじゃないか』ではなく『演じていたじゃないか』と発言するでしょうからね?」
「……っ!?」
ハリソン伯爵が前に発言していた言葉を指摘した。『計画の主』と主張するのに、先程叫んでいた発言は矛盾点であるのだ。自身が『計画の主』であることを隠すならばその発言は間違っていないが、自ら『計画の主』であると主張するならばおかしいのだ。
況してはその発言はハリソン伯爵が『計画の主』だと主張する前の発言である。正体を明かすことを前提としていなかった可能性もあるが、急に正体を明かすというのは雑過ぎるのだ。自身が卒業パーティーに居なかったことを発言しておいて、『計画の主』であるとは無理がある。
加えて、『計画の主』は俺の持つ証拠品を奪おうと、学園内にも拘わらず追手を差し向けた。それは第二王子の機転により回避をすることが出来たが、あの卒業パーティーの場に『計画の主』である黒幕が居なければ出来ないことだ。つまり卒業パーティーに『計画の主』が居たことは明白である。
しかしそれを居なかったと主張するハリソン伯爵が『計画の主』であるわけがない。取って付けたような言い訳など信じられないのだ。
何よりも黒幕はリベリーナを貶めるようと画策し、知恵者である第二王子を手古摺らせている相手である。そして俺の所在を調べ、第二王子派に陽動作戦を仕掛け、此処に侵入した知恵者だ。ハリソン伯爵が主張する様な、簡単な矛盾点を作り出すわけがない。そして俺の追及に対して直ぐに対応出来ないことも、ハリソン伯爵が『計画の主』ではないと証明をしている。
ハリソン伯爵が『計画の主』でない証拠は上げればきりがない。逆にハリソン伯爵が『計画の主』であると証明する方が難しいだろう。
「長くなりましたが、以上のことから……貴方は『計画の主』ではありません」
嫌な予感がする。早くこの会話を終わらせ、この場を立ち去りたい。俺ははっきりと、ハリソン伯爵が『計画の主』である黒幕ではないことを伝える。これだけ小突いていておけば、暫くは大人しくなるだろう。『秘密の抜け道』へ向かおうと体の向きを変えようとした。
「合格だ。ロイド・クライン」
拍手と共に、第三者の声が響いた。




