第七話 追撃④
「では……バボラさんは、私が提示した証拠を否定する材料をお持ちなのですか?」
俺は売られた喧嘩は買う主義である。エマが病的な信者とはいえ、無計画に口を出して来た訳ではあるまい。どんな証拠や文句が出ようとも捻じ伏せる所存である。煽るように俺は首を傾げた。
「勿論よ! 『リベリーナ様が、イリーナ様を階段から突き落とす事件』については、クラインの勘違いでしよう! 私は『イリーナ様のドレスが破られ、それがリベリーナ様のロッカーから出ている事件』についての動かぬ証拠を提示するわ!」
やはり『リベリーナが、イリーナを階段から突き落とす事件』の証拠はなく、完全にただの言い掛かりである。証拠が揃っている以上、この件について論じるのは大岩に相撲を挑んでいるようなものだ。然るべき立場の人間に証拠を提出し、正義の裁きを罪人たちに与えてもらうのが良いだろう。
しかしながら、エマの自信は何処からやって来るのか分からない。『イリーナのドレスが破られ、それがリベリーナのロッカーから出ている事件』についてどのような証拠を示すつもりなのか、俺は静かに迎え討つべく息を整える。
「さあ! 此処に証拠の品を!」
エマが再び大声を上げると人垣が割れた。そして、そこから台車に乗せられた木製の縦長のロッカーが1台運ばれて来た。この学園では1台の箱を中央で仕切り、2つのロッカーを作り出している。2つで一組だが、個々は独立しており扉もそれぞれ存在する。ロッカーのプレートを確認すると、王太子とリベリーナの名前のプレートが揺れている。
成程、2つの事件について証人を用意していたのだ。一応、万が一に備えて証拠も用意していたようである。まあ『イリーナのドレスが破られ、それがリベリーナのロッカーから出ている事件』は物的証拠が明確なだけに、用意するのが容易だ。
「先に行っておくけど! これは事件があってから、直ぐに王太子殿下が証拠として確保し保存なさったわ! つまりクラインの小細工は通用しないわよ! これはリベリーナ様が犯人だっていう動かぬ証拠なのだから!」
「……そうですか。ではバボラさんがドレスを発見した際のことを教えてください」
自信満々にエマがロッカーの前に立つと、両手を広げた。開戦の合図だ。俺はスケルの時と同様に事件の証言を求めた。
「あれは、3日前の朝よ。私がイリーナ様と共に学園に登校し、教室に入るとイリーナ様が悲鳴を上げられたわ。何事かと思ってロッカーを見ると、リベリーナ様のロッカーからイリーナ様のドレスが出ていたのよ!」
「ロッカーを開けたのですか?」
「そうよ! そしたら……無残なドレスが出てきたわよ! リベリーナ様がやったのよ!」
ゲームの内容通り、破られたドレスが発見されたのは3日前の朝である。そのことに俺は勝利を確信する。だが、今このことを伝えるのはまだ早い。
俺の後ろに居るリベリーナを睨むエマから、意識を己に向けるべく俺は更に口を開く。
「何故、バボラさんはそのドレスがイリーナ様のドレスだとお分かりに?」
「寮生で同室である私に、ご実家から届いた大切なドレスだと楽しそうに私に見せてくださったからよ!」
イリーナはフォロン子爵令嬢であるが、子爵家は王都に屋敷は所有していない。つまり寮生である。かく言う俺も地方貴族の為、寮生活だ。基本的には2人で一部屋だが、イリーナの同室がエマである。
破った本人がイリーナだというのに、大切なドレスなど笑わせてくれる。
『イリーナのドレスが破られ、それがリベリーナのロッカーから出ている事件』も完全な冤罪なのだ。実家から贈られた卒業パーティー用のドレスの色が気に入らないイリーナの仕業である。
彼女のピンク色の髪と柑橘系を連想させる黄色のドレスが合わないこと、王太子の気を引きたいこと、リベリーナを悪役令嬢と更に追い詰めることが目的として行われたのだ。
自作自演だというのに、騒ぎ立て周囲からの同情を買い。愚かな王太子から新しいドレスを贈られ、リベリーナを婚約破棄させるまでに追い込んだのだ。
「それに……何故、特進クラスの教室にイリーナ様がお入りに?」
「それは、何時も王太子殿下と授業の前にお話しをする為よ!」
そもそも特進クラスではない、イリーナが特進クラスの教室に入ること自体が問題である。特進クラスに在籍し、この場の主要人物は王太子、リベリーナ、エマ、俺だ。他クラスの人間が他教室に入るなど、可笑しな話しだ。だが、そのことについてはイリーナが先手を打ち、日頃からの行動に組み込むことで違和感を覚えなくさせている。面倒なことだ。
「バボラさんもご存知だと思いますが、この学園のロッカーには鍵がかかりません。つまり誰でも容易に他の人のロッカーに物を入れることは可能ですよ? 何故、イリーナ様が犯人だと思われるのですか?」
証拠品として用意されたロッカーに鍵はない。誰でも簡単に出し入れ可能なのだ。ロッカーから他人の物が出てきたからと言って、犯人だと決めつけるには決定打に欠ける。
「……っ! そんなの……これを見なさいよ!!」
エマはリベリーナの名前が書かれプレートのロッカーの扉を開けた。