第六十九話 急展開⓾
「では先ず、貴方の行動からは知性を感じられません」
「なっ!? 貴様っ!? 俺を馬鹿にするのか!?」
俺が端的に告げれば、怒声が上がる。イアン・ハリソン伯爵は、嫌になる程に『面倒な駄犬』だ。自らの行動が黒幕ではないと、証明しているということに気が付かないようである。鏡でも見せれば納得をしてくれるだろうか。そうすれば大いに助かるが、そんな物分かりが良いならばこの様な状態に陥っていない。
「お静かに。私はイアン・ハリソン伯爵の『お願い』に応じているまでのこと……。お嫌ならば、直ぐに止めますが? 如何いたしますか? 私は構いませんよ?」
折角、俺が『好意』で答えたというのにその態度はいただけない。貴重な時間を割いて対応しているのだ。黒幕派の指示役であるハリソン伯爵の粗暴な『お願い』に、俺は良心を総動員して答えている。
それなのに自分にとって好ましくない真実を告げられ、怒鳴り散らすなど子どもの癇癪のようである。仮にも自身を『誇り高きハリソン伯爵家当主』と主張するならば、それなりの行動を伴うべきだ。
黒幕も何故このような人材を配下に置いているのか分からない。正直な話し黒幕の考えなど理解したくもないが、黒幕は人選が相当悪趣味なようである。類は友を呼ぶという言葉があるぐらいだ。流石は無実のリベリーナを貶める為に、画策している極悪人である。配下の人選が終わっているにも納得が出来る。
「……ぐっ! つ、続けろ……」
扉の向こう側から、苦しそうな唸り声が響いた。如何やらは本当にイアン・ハリソン伯爵『面倒な駄犬』である。立場が理解出来ていないようだ。優しい俺の『好意』に対して
「それが人にものを頼む態度ですか?」
「なっ! 貴様っ! リベリーナ公爵令嬢がどうなってもいいのか!?」
俺はハリソン伯爵の態度を指摘する。すると再びリベリーナの名を出した。それで俺の行動を支配出来ると信じているようだ。黒幕から俺に言う事を聞かせる『魔法の言葉』とでも言われているのだろう。馬鹿の一つ覚えもいいところだ。
「それですよ、それ。高圧的な態度も貴方が『計画の主』ではない証拠です。そして相手への脅迫と挑発が雑なことも『計画の主』ではないことに含まれています」
優しい俺は『面倒な駄犬』でも分かるように、丁寧に説明をする。
黒幕派のリーダーである黒幕のことを直接、『黒幕』と呼ぶわけにはいかない。ハリソン伯爵の言葉から黒幕のことを『計画の主』と呼ぶことにした。黒幕である『計画の主』は、リベリーナを貶める為に用意周到であり準備に余念がない相手だ。一時の感情で怒鳴り散らすことなどしないだろう。こういう相手は常に嫌な程に冷静沈着な人物だ。
ハリソン伯爵のような相手が黒幕ならば、現在俺は此処に居ない。卒業パーティーで元王太子達と一緒にハリソン伯爵も吊し上げることに成功しているだろう。きっと雑な断罪内容で簡単に済んでいる筈だ。そしてリベリーナの無罪が完全に証明され、今頃俺は何処かの田舎でのんびり暮らしているだろう。
そもそもハリソン伯爵の地位と権力では、イリーナ・フォロン子爵令嬢に指示を出したとしてもイリーナが実行するかは怪しい。黒幕と元王太子達は面識がなく、イリーナが黒幕から指示を受けて動いていたようだ。だがイリーナはプライドが高く、我儘で高慢だ。自身よりも、爵位一つ上だけのハリソン伯爵の命令に従うとは思えない。後ろ盾にするにしても、人物・爵位・権力が弱すぎるのだ。
そのことからもハリソン伯爵は黒幕ではないことは分かる。更に言えば、ハリソン伯爵が『面倒な駄犬』として従っていることから、黒幕は伯爵よりも爵位が上の人物になるのだ。
「……っ!? な、何故っ……そんな……」
ハリソン伯爵は驚愕の反応を示した。それが指摘の内容か、リベリーナの安否を話題にされたが俺が従わないことかは分からない。両方かもしれないが、感情を表に出し過ぎである。扉越しでも感情が読み取れてしまう。そんな者が黒幕なわけがない。
「さて……人様に『お願い』をする際には如何するのでしたか? 私の『実家のような地方男爵家とは格が違う』のでしよう? 『餓鬼』の私に是非とも教えていただきたい。『誇り高きハリソン伯爵家当主』?」
如何してこうも人を貶めようとする者たちは、躾がなっていないのだろう。もしかすると躾がなっていないからこそ、身分不相応にも人を貶めようとするのかもしれない。身の程を弁えてほしいものだ。
俺は優しいので優しく丁寧に指摘をする。現状は確実に黒幕派が優位であるが、それと俺の状況は関係ない。黒幕の情報を話すことをしないハリソン伯爵に用はないのだ。逆に黒幕派の指示役であるハリソン伯爵を調子に乗せる方が無駄な時間を使う。そうそうに話を切り上げる為にも、立場を分からせる必要がある。
「……くぅ! くぅ……つ、続けて……くだ……さい……」
歯を食いしばるような苛立ち隠さずに、ハリソン伯爵が声を絞り出した。『面倒な駄犬』としては及第点だ。




