第六十八話 急展開⑨
「如何した!? ロイド・クライン! 返事をしろ! 答えないのならば、リベリーナ公爵令嬢がどうなるか分からないぞ!?」
ハリソン伯爵は俺が必ず反応するであろうことを口にした。その思惑は見事に成功し、俺は思わずマッチを擦る手を止めた。
黒幕派の指示役であるハリソン伯爵に、俺が此処から『秘密の抜け道』を使用し逃げる予定だったことは知られていないだろう。しかし俺は足止めと、質問に答える義務を背負わされた。
人が気にしている人物に、危害を加えるなどの発言は立派な脅迫である。黒幕派は嫌なところを突いて来る。本当に『面倒な駄犬』だ。
「…………」
リベリーナの名前まで出すところをみると、俺を恐怖心で支配したいようだ。リベリーナの安否は分からない。卒業パーティーでの一件があり、第二王子は黒幕が居ることも承知の上だ。『心の底から愛している』と豪語するぐらいである。警備体制は万全だろう。更に言えば、国王と宰相もリベリーナが狙われていることは知っている。何か対策を講じている筈だ。いくら黒幕が権力者でも、国王と第二王子、宰相の三人を欺きリベリーナに危害を与えることは不可能だろう。
加えて黒幕も王城で行われるパーティーで、再びリベリーナを貶める算段ならばその時まで彼女が無事でなければ意味はないのだ。糾弾し断罪する相手が不在では、多くの貴族達の前で晒し断罪することが出来ないからである。パーティーの前にリベリーナに危害を加えて、何か自身の不利になるような事態になるようなことは避けるだろう。
その為リベリーナを疎ましく思っていても、直接手を出すことは出来ないのだ。黒幕はリベリーナを単に害するのではなく、世間・貴族社会から抹殺をしたのだろう。それ故にイリーナを捨て駒とし、元王太子達を利用してまで卒業パーティーの断罪を指示したのだ。黒幕の何がそうさせるのかは分からないが、リベリーナに害を成すならば容赦はしない。排除するまでである。
つまり黒幕派の指示役である、ハリソン伯爵の言葉は噓である。
リベリーナは現在無事であり、これは単なる脅しだ。『面倒な駄犬』の言葉を信じる必要はなく、それ故に答える必要もない。これらは全て俺に質問を答えさせる為の噓であり、『面倒な駄犬』であるハリソン伯爵にはこの芸当は無理である。思い付きもしないだろう。この煽り文句も黒幕の指示の下に行われるのだ。
しかし直ぐに見破られるような噓を吐き、俺を煽り答えさせるまでの価値がある質問とも思えない。単なる時間稼ぎならば黒幕派や、第二王子派に関しての噓の情報などを適当に話せばいいのだ。リベリーナの名を出すということは、俺を確実に留まらせたいのだろう。それまでにイアン・ハリソン伯爵が黒幕ではないという、考えに至った経緯を知りたいということになる。
だが俺がそれに答えることにより、第二王子派やリベリーナが不利になることは避けたい。
「聞いているのか!? ロイド・クライン! リベリーナ公爵令嬢を見捨てるのか!?」
「…………」
『面倒な駄犬』はリベリーナの安否について、噓であるということに俺が気付いていることを察せていないようだ。矢張りイアン・ハリソン伯爵は黒幕派の指示役であり『面倒な駄犬』なだけである。これだけ堂々と虚勢を張るところを見ると、かなりの自信があるようだ。
現に第二王子の部下たちが此処に駆けつけないことからも、黒幕派が優勢であることは嫌でも分かる。そこに俺の発言が黒幕派を、より優位にさせわけにはいかないのだ。現在はゲーム内の展開から外れている為、予想して行動することしか出来ないのが歯痒い。
「……はぁぁ」
俺は短く息を吐くと、マッチ箱の中に戻す。そして燭台と蠟燭と共にポケットに仕舞う。
「聞いているのか!?」
「そう何度も怒鳴らなくとも、聞こえていますよ」
再び鎖で閉じられている扉の前に立ち、嫌々ながらも返事をする。
現状においては、リベリーナの安否は心配することはない。それ故に黒幕派の質問に答える必要もないが、再び無視をして『秘密の抜け道』に入れば黒幕派は強硬手段に出るだろう。王城を出るまで捕まるわけにはいかない。不利にならない程度に質問に答え、何か時間稼ぎになる質問をして逃げるしかないだろう。
「だったら答えろ! さあ! 何故、俺がリベリーナ公爵令嬢を排除しようと計画した天才ではないと言うのだ!? 早く答えろ!!」
苛立ちを隠そうとせず扉が激しく叩かれた。相変わらず勘に触る態度である。だから三下なのだ。耳障りなその口を今すぐにでも閉じさせたい。いくら黒幕派の指示役の三下とはいえ、この場では喉笛を食い千切ってやることは出来ないのだ。リベリーナを貶めるのに加担した賊は、無様な散りざまを多くの貴族達に目撃させなければ気が収まらない。
しかし黒幕派の指示役ならば、軽く小突いても問題はないだろう。本人もこれ程までに知りたいと『お願い』して言うのだ。
優しい俺が教えてやるのが『好意』だろう。




