第六十七話 急展開⑧
「なっ! ……何が違うと言うのだ!?」
俺の言葉に驚きながらも、ハリソン伯爵は理由を尋ねた。その反応に、舌打ちをしそうになる。この無駄な時間稼ぎを切り上げなければならないというのに、思わずハリソン伯爵の言葉に答えてしまった。瞬時に反応してしまう程に、奴の発言を否定したかったのだ。『面倒な駄犬』のハリソン伯爵がリベリーナを貶めようとした黒幕なわけがない。奴は只の、黒幕派の指示役である。
万が一にも何かの間違いで、ハリソン伯爵が本当に黒幕だとしたら俺は自分が許せない。ハリソン伯爵程度の相手に手古摺り過ぎである。リベリーナの無実を完全に証明し、彼女の安全を確保するのにここまで時間がかかり過ぎなのだ。いくら俺がモブとはいえ相手がハリソン伯爵ならば、現在の結果では己の無能さを許すことが到底出来ない。
「…………」
ハリソン伯爵が黒幕ではない理由は多々あるが、それを答える義務はない。貴重な時間を浪費してしまった。今度こそこの会話を切り上げようと、俺は再び足を動かす。
「おいっ! 聞いているのか!?」
「…………」
足音を立てないよう慎重に暖炉のある部屋へと入る。『面倒な駄犬』が何か叫んでいるが返事をするつもりはない。面倒な者との会話を終わらせるには、無視をするのが一番である。 喧しい声を遮る為に扉を閉めたいところだが、扉の開閉音が向こう側に聞こえてしまう可能性がある。
返答が無く扉を閉めたとなれば、黒幕派は強硬手段に出るだろう。きっと俺が逃亡することを阻止しようとする筈だ。周囲を黒幕派の配下たちが包囲していたとしても、窓から外に出ることは可能である。みすみすリベリーナの無実を証明する証拠品を逃すわけがない。鎖と扉と守られているとはいえ、斧で破壊されれば侵入は容易である。そうなれば剣術も体術も得意ではない俺はひとたまりもない。無駄な時間稼ぎも気になる。早々に『秘密の抜け道』から脱出しなくてはならない。
「ロイド・クライン!! 無視をするな!」
「…………」
スーツのポケットから蠟燭と燭台、マッチ箱を出す。『面倒な駄犬』が咆えるが無言を貫く。俺が無視をしていることを理解しているならば、後少し無視をしていても大丈夫だろう。俺が『秘密の抜け道』に入り、出口までの時間を稼げればいい。
問題は『秘密の抜け道』から出た後である。黒幕派は『秘密の抜け道』の存在を知らないようだが、第二王子派の援軍と合流は諦めた方がいいだろう。この建物を黒幕派が包囲をしているならば、王城にも第二王子派の様子を知らせる仲間が居る筈である。そして第二王子派の周囲にも、見張り役にも配置されているだろう。第二王子派に気が付いてもらえれば良いが、その前に捕まれば全ての努力が無に帰する。
一番良いのは国王陛下だが、俺の身分的に無理だ。近付いただけで、黒幕派ではない騎士達に取り押さえられるだろう。わざと捕まり近衛騎士団にリベリーナの無実を証明する証拠品を託すことも出来るが、近衛騎士団の中に黒幕の配下が居ないとも限らない。処分されるか改竄されてしまう可能性がある。
残るは宰相閣下へ、リベリーナの無実を証明する証拠品を届けることだ。自身の娘の無実を証明する証拠品を預けるには、適任者である。そして黒幕派も宰相であるフォルテア公爵には、安易に手を出すことが出来な筈だ。
懸念があるとすれば、宰相閣下が王城の何処に居る分からないことだ。時間帯を考えると深夜である為、フォルテア公爵邸に帰宅しているだろう。残業をしている可能性もあるが、卒業パーティーでの件があったばかりである。リベリーナの心配し休暇を取り、フォルテア公爵邸に居る可能性の方が高いだろう。
王城の構造は詳しく知らない為、宰相の執務室を探し出すのは一苦労である。しかし宰相が自宅のフォルテア公爵邸に居るならば幾分簡単だ。フォルテア公爵邸の場所は学園の噂話で聞いたことがある。多少分からなくとも、広大な敷地と家紋を見れば判断をすることが出来るのだろう。何処に黒幕派が潜んでいるか分からない王城を探るより、安全且つ確実である。幸いなことに、俺は城門の場所を知っているのだ。
偽りの身分証明書は寮の部屋に置いてきてしまった。その為、城門から堂々と出ることは出来ない。仮に、この場に偽りの身分証明書と登城許可証が手元にあったとしてもそれは使用出来ないだろう。『ライト・ローク』が『登城』した記録は、城門のリストには存在しないからだ。
俺は第二王子の手によって内密に王城へと入った筈である。そもそも俺をリベリーナの無実を証明する証拠品の『証拠品の保管係』として、この空間に隔離したのだ。王城から出ることは想定外だろう。偽りの身分証明書などは俺の行動に合わせて、急に用意された物の筈だ。そのことから第二王子が城門リストまで手を回している確率は低い。変成功率が低い賭けに出て、怪しまれる方が困る。騒ぎになれば注目され、黒幕の配下に気付かれる可能性が上がるのだ。リベリーナの無実を証明する証拠品を安全な所に届けるまで、捕まるわけにはいかない。
此処を抜け出したら城門近くに停まっている馬車の荷台に隠れ、荷物に紛れて城下まで行く予定だ。後は噂話を基にフォルテア公爵邸までたどり着けばいい。黒幕も俺が王城から出るとは思わないだろう。城下町まで黒幕派が配置されている可能性はあるが、人数は少ない筈である。第二王子派の陽動作戦と、こちらに人員を集中させている今がチャンスなのだ。
マッチ箱から最後の一本を取り出し、マッチを擦ろうとした。
「このっ! リベリーナ公爵令嬢がどうなってもいいのか!?」
「……っ!?」
ハリソン伯爵の言葉に思わず手を止めた。




