第六十六話 急展開⑦
「なっ……何だと!? この俺を!! 誇り高きハリソン伯爵家当主を侮辱するのか!? ロイド・クライン! 貴様の実家のような地方男爵家とは格が違うのだ!!」
「事実ではありませんか」
一段と喧しく咆える黒幕派の指示役こと、イアン・ハリソン伯爵。誇り高いどころか、反応が三下そのものなのだ。俺の実家のことを侮辱することは無視する。この男は相手をするだけ無駄だ。イアン・ハリソン伯爵は時間稼ぎに用意されたのは事実だろう。
だがハリソン伯爵の性格を知っている黒幕が核心に触れることは話さないように、口止めをされているようだ。考え無しに感情的に発言をしているのが、会話が堂々巡りになっていることがその証拠である。そしてその口止めが、感情的になっても重要なことに触れる発言をしないところを見るとハリソン伯爵はよく躾けられているようだ。『面倒な駄犬』といったところである。
この手の人間は煽れば煽るだけ、感情的に情報を吐く。従って情報収集時には大変役立つのだが、黒幕から口止めをされている『面倒な駄犬』なら話しは別である。
今はこの時間稼ぎを終わらせることが最優先事項だ。
「くっ! このっ……餓鬼が! 調子に乗りやがって!!」
扉が強く叩かれ、乱暴な言葉が発せられる。このハリソン伯爵は黒幕派の指示役ではあるようだが、交渉能力は皆無だ。俺は黒幕派と遭遇した場合、真っ先にリベリーナの無実を証明する証拠品を渡せと言われると考えていた。しかし扉の向こう側に居る、ハリソン伯爵はリベリーナの無実を証明する証拠品については一言も口にしない。代わりに堂々巡りの意味のない会話を繰り広げている。
何故、未だにリベリーナの無実を証明する証拠品を要求する言葉を口にしないのか分からない。黒幕にとってリベリーナの存在は邪魔である。リベリーナを再び貶める為には、リベリーナの無実を証明する証拠品は処分しておきたい筈だ。黒幕派はリーダーである黒幕の配下たちであり、黒幕の考えにより動いているだろう。これだけ大胆な侵入計画を実行しておいて、無駄話をして終わりということは先ずない。一番手に入れておきたい品を入手しないなどという無駄なことはしない筈だ。
加えて黒幕派の指示役である、ハリソン伯爵は身分を明かしている。俺が第二王子派や国王と宰相にその情報を伝えれば、確実にハリソン伯爵は身柄を拘束されるだろう。そして彼の口から黒幕の正体が明かされる可能性もある。しかし奴は想像以上に『面倒な駄犬』であった場合は、黒幕の正体について口を割らないことも考えられ頭が痛い。本当に『面倒な駄犬』である。
更に言えば、ハリソン伯爵が黒幕の正体を知らない捨て駒の存在ならば、感情的に自らの正体を明かしてもおかしくはない。切り捨てる存在だから、黒幕が口止めをしなかった可能性もある。だが単なる捨て駒に、欲しているリベリーナの無実を証明する証拠品の回収を任せるとは考え難い。『面倒な駄犬』が上手く証拠品を手に入れることが出来なかった場合や、捕えられリベリーナの無実を証明する証拠品を所持していることを知られれば、一番得をする人物が怪しまれるからだ。黒幕が自らの足を引っ張る者に、重要なことを命令しないだろう。
つまり黒幕派の指示役である、イアン・ハリソン伯爵は黒幕の正体を知っているのだ。そしてこの無駄話は黒幕の指示によるもので、何かの準備を整えようとしている。黒幕派たちが此処に侵入した際に、何かを転がし運び入れている音が響いていた。それと関係しているのかもしれない。尚更、早くこの会話を切り上げて、この場を離れるべきである。
「おやおや? 『誇り高きハリソン伯爵家当主』の言葉遣いとは、蛮族のようですね? 勉強になります」
情報収集が出来ないならば、黒幕派の指示役に用はない。ハリソン伯爵を適当に煽り、持ち物を確認する。黒幕の正体を知っている存在を逃すのは大変な痛手だが、黒幕の思惑通りにことが進んでいるように感じるのだ。何か嫌な予感がする。リベリーナの無実を証明する証拠品を守る為にも、秘密の抜け道を使いこの場から逃れるのが先決である。俺の声が聞こえ無くなれば扉を壊され侵入されるだろう。そうすれば『秘密の抜け道』の存在が明らかになるが、みすみすリベリーナの無実を証明する証拠品を奪われるよりはましだ。後は如何にかして、黒幕派に遭遇しないように第二王子派と合流するしかない。
この際、かなり強引な手段だが宰相閣下を探し、リベリーナの無実を証明する証拠品を預けるしかないだろう。多少の罰を受けることになったとしても、リベリーナの無実を証明する証拠品を安全な場所に移すことが最優先である。
これ以上のハリソン伯爵の発言は全て無視をしよう。そう決めると『秘密の抜け道』がある隣の部屋に移動しようと、一歩踏み出した。
「……っ!! このっ!! 俺はリベリーナな公爵令嬢を排除しようと計画した天才だぞ!?」
ハリソン伯爵が一段と厳しく咆えた。
「いいえ、違います。貴方ではない」
俺は思わず足を止め、否定する言葉を口にした。




