第六十三話 急展開④
「此処は馬鹿みたく広いなぁ! 探すのも一苦労だ! だが直ぐに引きずり出してやる!! 首を洗って待っていろ!!」
黒幕派の指示役は声を張り上げるが、まるで三下の様な台詞である。その声に混じって破壊音が響く。如何やら黒幕派は部屋を一つずつ確認しているようだ。徐々に追い詰められる恐怖と不安・焦りを俺に感じさせたいようだが、残念ながら俺はそんなに繊細ではない。寧ろこの状況を好機だと捉えている。
折角、黒幕派からわざわざ会いに来てくれたのだ。探す手間が省けて助かった。俺はモブで地位も権力もない。情報も予備知識もなければ、黒幕派を探し出すことは出来なかった。それ故に『餌』作戦も実行出来ず、『証拠品の保管係』を終えたら第二王子の計画に任せて王都を去ろうと考えていた。
しかし、向こう側から会いに来てくれたのだ。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだろう。
「楽しみだな……」
黒幕も黒幕派も、リベリーナを陥れようとした者は全員吊し上げる。思わぬ吉報に口元が緩んでしまうのは、俺の性格が悪いからだ。
「さてと……此処まで来るのに時間がかかりそうだな」
俺は目の前の大きな扉を見る。これからやることは至って単純だ。黒幕の配下と扉越しに会話をし、黒幕派から黒幕の情報を引き出すだけである。危険ではあるが、それ以上にない好機なのだ。向こうから黒幕を吊るし上げる為の『生贄』が出向いてくれた。『好意』には『好意』で報いねば悪いだろう。
勿論このまま秘密の抜け道から逃げることも考えたが、王城に居る黒幕派に捕まる可能性があり断念した。黒幕派の規模と構成人数は不明であり何処に潜んでいるか分からないからだ。此処でリベリーナの無実を証明する証拠品を奪われるか、王城で奪われるかでは大いに違いがある。それは黒幕派の情報を手に入れているかいないかだ。情報を得て処分されるか、情報も得ずに処分されるかである。
無論、簡単にリベリーナの無実を証明する証拠品を奪われるつもりも、俺も処分されるつもりは微塵もないのだ。黒幕の情報は手に入れるが、リベリーナの無実を証明する証拠品を奴らになど渡さない。
加えて援軍の期待が出来ないことも、黒幕派と対峙する理由の一つだ。黒幕派が此処に侵入し、破壊音と大声を上げているのに未だに第二王子の部下が現れる様子は一切ない。つまり近くに第二王子の部下は居ないことになる。嫌なことに、そのことを黒幕派は知った上で行動しているように見えるのだ。
更に言えば第二王子派は、この侵入と騒動を知らない可能もある。
その事から第二王子派が何か動けない状況に陥っている可能性がある。黒幕派の指示役の自信満々の態度からすると、もしかすると第二王子派は陽動作戦にかけられているのかもしれない。ならば、援軍の期待などしないのが得策である。
そしてこの周囲を黒幕派に包囲されている可能性が高い。いくら秘密の抜け道とはいえ、安易に使用することは出来ないのだ。俺はこれから誰の援軍も無しに黒幕派と対峙しなければならない。一見窮地に思えるが逆に考えれば、誰も俺を止める人物が居ないということである。
その方が俺にとっては都合がいい。
要するに始めに戻ったのと同じである。リベリーナの断罪を回避する為に学園で一人、悪戦苦闘していた頃に戻ったと思えばやることは何も変わらない。情報を集めて、相手の粗を探しそこを刺すだけだ。
「嗚呼、でも加減はしないと……」
誰も止める者が居ないのは好都合ではあるが、黒幕の情報を得るだけにしておかないといけない。追い詰め過ぎてしまっては意味がないのだ。
「残念だが仕方ない」
この状況で一つ残念なことがあるとすれば、この場で黒幕と黒幕派を晒し、吊し上げることが出来ないのが非常に残念である。此処にはリベリーナを貶めようとした大罪人を目撃する観客達が居ない。奴らは大衆の面前で晒し、吊し上げるのがお似合いである。




