第六十二話 急展開⓷
「…………」
俺はしゃがみ込み、息を潜め聞き耳を立てる。すると下の階では何かを転がし運び入れている音と、5・6人程の男の声と足音が響く。
この建物があるのは王城の敷地内である。一般人や酒に酔った人物達が勝手に侵入することが出来るような場所ではない。更に言えばこの建物は第二王子が俺を『証拠品の保管係』として、留める為に用意した空間だ。俺が扉から出られぬように鍵と鎖で厳重に固定をしている。万が一にも俺がこの堅牢な扉を開けることが出来た場合も考慮し、他の階の扉も厳重に施錠していることだろう。そんな状況の空間に分け入って来るということは、明確な目的がある侵入者である。
考えられる侵入者の正体は三つ。
一つ目は単なる泥棒である。泥棒であれば王城への侵入が簡単ではないこと、そして此処の厳重な施錠を見れば直ぐに逃げるだろう。盗むにしても、リスクに見合う報酬が無ければ、王城に侵入するなど危険を冒すとは考え辛い。
次に考えられるのは、第二王子殿下の部下だ。しかし第二王子の部下ならば、秘密の抜け道から入ってくればいい。何かの事情があったとしても、緊急事態でもなければ騎士が怒声を上げるとは考え難い。更に騎士である者達にしては足音が乱雑である。統率がとれ鍛えられた騎士者達の足音とは到底思えない。仮に第二王子の部下だが騎士でない者達の可能性もあるが、第二王子殿下に仕える者達が粗雑な立ち居振る舞いをするわけがない。
加えて今は王城で行われるパーティーでの大事な計画を控えている筈である。そちらの準備に忙しい上に、これだけの人数を動かす余裕があるとは思えない。大事な計画の前に、派手な動きをして黒幕派に情報を漏らす危険性もあるのだ。黒幕派に対しての陽動作戦の可能性もあるが『証拠品の保管係』の俺から、リベリーナの無実を証明する証拠品を回収する前にそれを行うとは考えられない。陽動作戦に引っかかった黒幕派の配下に、リベリーナの無実を証明する証拠品を奪わられる危険があるからだ。そんなことを、あの第二王子が気付かない筈がない。
陽動作戦ならば大事な証拠品を移動させる際に、他の場所に注目させるのだ。それが此処に侵入者があるということは、これは陽動作戦ではない。
侵入者の正体は残る三つ目で確定だろう。
わざわざ厳重な施錠を外してまで此処に侵入するということは、侵入者達は黒幕の配下達である。そして彼等の目的は、リベリーナの無実を証明する証拠品と邪魔な俺の排除だろう。無意識に腹を押さえる。
「おい!! ロイド・クライン!! 聞こえているのだろう!? 此処に居るのは分かっているぞ!?」
男の一人が大声を上げた。何処かで聞いた覚えがある声だ。声質からして先程、怒鳴り声を上げた男だろう。指示を出していたところを見ると、侵入した黒幕派達を率いている指示役のようだ。
俺の名前を口にすることからも、侵入者達は確実に黒幕の配下達である。誰がこの建物に居るか承知の上で乗り込んできたのだ。リベリーナの無実を証明する証拠品と俺を処分するにしても、黒幕派は大胆な動きを見せた。まるでこの騒動が起きても、俺に助けが来ないことを知っているようだ。
「出てきたら如何だ!?」
声がよく響くことを考えると、この扉は吹き抜けに面していることが分かる。俺も出来ればこの扉を今すぐにでも開けて、黒幕派の配下を捕まえたい。そして黒幕に繋がる証拠と証人を手に、黒幕を吊し上げたいのだ。
だが堅牢な扉と鎖がそれを許してくれない。初めは大袈裟な扉の鎖だとは思ったが、今は少しだけ感謝をする。これが扉だけの鍵ならば、俺は黒幕派の挑発に乗り部屋を飛び出したことだろう。そうすればリベリーナの無実を証明する証拠品は奪われ、俺は処分される。
俺が安易に黒幕派の部下という目の前の餌に釣られれば、リベリーナが再び窮地に追い込まれるのだ。そんなことは許されない。
「……っ……くそっ……」
衝動的になりそうになるのを、左手を強く握ることで堪える。俺が此処で感情的に動けば、黒幕が喜ばせる結果になるのだ。冷静にならなければ、この状況を切り抜けることはできない。
「おい! 出て来いよ! 姿を見せろ!!」
黒幕派の指示役も、俺をわざと煽るように言葉を重ねる。
「はぁぁぁ……。絶対に守る」
深呼吸をして息を整える。腹に隠したリベリーナの無実を証明する証拠品を撫でると、俺は立ち上がった。




