第六十一話 急展開②
「…………」
俺は暖炉の床にある隠し扉から顔を少しだけ出し、室内の様子を確認する。人影はなく、俺が去ってから家具の配置は変わった様子はない。唯一つあるとすれば、暖炉から執務室に続く部屋の扉は閉められていることだ。確かこの空間から脱する際に俺は焦っていた。扉を閉めた覚えはない。つまり俺がこの空間から去った後に、第二王子の部下がこの空間に訪れ扉を閉めたことになる。念のため聞き耳を立てるが、物音ひとつしない。静寂が広がっている。
「ふっ……」
蠟燭の火を吹き消してから、秘密の抜け道から出る。すると抜け道の出入り口が自然に閉まった。この空間が第二王子派以外に知られているとは思いたくないが、黒幕派の待ち伏せも考慮する。そのため出来れば抜け道の出入り口は、退路として常に開けておきたかったのだ。だが時間で閉まる仕様のため断念する。代わりに暖炉内にある開閉用のスイッチの位置を確認しておく。
「確認だな」
燭台と蠟燭を暖炉の上に置き、俺は部屋を確認する。この部屋のテーブルには、飲食物が補充されている。つまり俺がこの空間を出ていった後に、やって来た第二王子の部下が俺の不在を知った上で飲食物を置いたのだ。俺がこの空間から逃げ去ったのならば、飲食物の補充は不要である。そして持って来た飲食物は持って帰る筈だ。
しかし飲食物はテーブルの上に置かれている。焦って置いたという乱雑さは見受けられず。水差しとパンと林檎がそれぞれ置かれているのだ。まるで俺がこの空間から脱出し、更には再びこの空間に戻ることが分かっていたかのような対応である。第二王子の指示だろう。そう考えるとレイの存在は、かなり第二王子派であるように思えるが確信がない。
本当の第二王子の部下が此処を訪れる確率は6割り程だ。飲食物の補充があり俺が戻ることを予想してあるならば、今晩か夜明け頃に会うことで出来るのだろう。6割という数字の理由はパーティーの準備で忙しいこと、不測の事態があればそちらを優先するだろうという理由からである。レイが本当の第二王子殿下の部下ならば、寮の部屋に俺がいないことに気が付けば此処に来るだろう。そうすれば完全にレイを第二王子の部下として信じることが出来るのだ。
「他の部屋も見るか……」
第二王子の部下が来るまで俺のやることはない。誰も居ないだろうが、念のため他の部屋も確認をする。執務室へと続く扉は鍵がついているが、初めの時と同様に鍵は掛かってはいない。扉のノブを掴んだ。
「変わりないな」
静かに開いた扉の奥には、以前と変わらない執務室の風景が広がる。続いて洗面所も確認をするが何も変わったことはない。
「…………」
両開きの大きな扉が無言の圧を放つ。この扉と鎖も以前と変わらず、人の出入りを拒んでいる。相変わらずこの扉を使用することが出来ないということは、第二王子の本当の部下は秘密の抜け道から現れるのだろう。本当の第二王子の部下を待つため、扉から退こうとした。
「おい! 何をしている!? さっさと運べ!!」
「は、はい! 只今!!」
下の階から怒声が響いて、思わず足を止めた。




