第五十八話 疑念③
「……っ、はあ……はあぁぁ……」
蠟燭の灯りを消してしまった為、息を殺しながら手探りで寮の部屋へと戻る。部屋の扉を閉めると、息を吐く。ほんの数分の出来事だが、とても長く感じた。
「急がないと……」
クローゼットを開けると、俺はスーツ姿に着替える。本来ならば着替えなど悠長なことをしている暇などない。だがこれから外に出る身としては暗闇に紛れる為にも、暗い色の服を纏う必要があるのだ。
俺が考えた本当の第二王子派と連絡を取るか、合流する方法とは軟禁空間へと戻ることである。あの軟禁空間は完全に第二王子が作り出した空間だ。俺を乗せた馬車の主は第二王子であるから、そこは間違いない。加えてリベリーナの無実を証明する証拠品を俺の手元に残した保険からも、あの空間を用意したのは間違いなく第二王子である。その為、第二王子の部下であり俺に食料を届ける人物が居る筈だ。これからあの軟禁空間へと戻り、その人物に接触するしか方法がない。
レイに関しては猫から俺を庇ったり、部屋を確認したり、騒動の視線から庇ったりと第二王子派らしい動きは多々ある。それ故にレイが完全に黒幕派であるとはいえないが、第二王子派という確証もないのだ。レイが居ない今しか抜け出すタイミングがない。
一つの懸念があるとすれば、俺があの空間から逃げたことにより第二王子派の部下があの空間に来ない可能性である。抜け出して、今日で二日目の晩だ。接触することが出来ない事も考慮するが、この場に留まりレイと普通に会話することが出来るとは思えないのだ。
彼が黒幕派であれば、リベリーナを貶めようとした黒幕の配下なのだ。許せるわけがない。きっと顔を合わせれば、俺は意地の悪い質問をするだろう。確証がない状態の上にリベリーナの無実を証明する証拠品を持っている状態で、それを行うのは余りにも危険である。第二王子派の部下と合流することが出来なくとも『保管係』として、その場に留まり役を全うするしかない。
本当ならば黒幕を『餌』として誘い出し、吊るし上げたいところだがそれには余りにも俺には情報と力が足りないのだ。
「これでいいだろう」
着替え終えた服や予備の服を、俺が寝ていたベッドへと置く。そしてその上に布団を掛ける。俺が寝ているように見えるようにする偽装工作だ。レイが謎の騎士と出かけ帰った際に、寮の部屋の鍵が開いていれば俺が不在なことには直ぐに気付くだろう。しかしベッドに何かあると思わせれば、確認をする確率は高い。俺はほんの少しでも、逃走する為の時間を稼ぐ必要があるのだ。
「二本か……」
二段ベッドの横にある小さな机の引き出しを開ける。そこには、マッチの箱があり中にはマッチが二本入っていた。蠟燭も半分の長さを切っていることも踏まえると、灯りの使用は考えるべきである。幸いなことに今晩は月明かりがあり、外での活動に支障はない。
だが、それは周囲の人間達にも言えることだ。俺の不在に気付いたレイが追ってくる可能性や、警備をしている騎士に見付かる心配、黒幕派に捕捉される危険性がある。目立つ灯りを点けなくいいが、騎士や洞察力に秀でた人間達を相手にするのは一苦労だろう。その為に鞄は置いていく。斬りかかれた際には盾になる可能性はあるが、見付かるリスクを回避するためには荷物になるのだ。
「行くか」
スーツのポケットの左右に蠟燭、燭台とマッチ箱を入れる。持って行くのは、蠟燭に燭台とマッチの箱。それとリベリーナの無実を証明する証拠品だけである。なるべく身軽な方が良い。俺は寮の部屋を出ると扉を閉めた。




