第五十七話 疑念②
「……それで……です」
「なんで……ことに……」
静まり返った螺旋階段。吹き抜けになっている為、下の話し声が鼓膜を揺らす。焦ったような二人の男性の声が響く。
「……あれ? この声?」
耳を澄ますと、二つの声には聞き覚えがあることに気が付く。そのことに俺の背中に嫌な汗が伝う。
「……ません。……確認を……」
「……分かった……に行こう」
この話し声の人物は、謎の騎士とレイだ。
「……っ!」
思わず片手で口を覆う。そうしなければ、衝動のまま叫んでしまいそうになったからだ。
俺の前では二人は面識の無いフリをしていたが、スムーズな会話からして謎の騎士とレイは仲間ということになる。俺が考えていた根底が揺らぐ。謎の騎士が黒幕派の可能性が高いと思っていたが、その騎士とレイが仲間ならばこの場は危険である。俺の身分証明書や職業、話した内容などの全てが黒幕に報告されたことになるのだ。唯一の救いは、リベリーナの無実を証明する証拠品を所持している姿を明確に認識されていないことだけである。これも洞察力に秀でているレイならば、察しが着いているだろう。
「……では……本当に……は……大丈夫……ですか?」
「嗚呼、水差し……薬で……寝ているさ……大丈夫……」
レイが『水差し』・『薬』・『寝ている』という単語から、その主語に当たるのは俺だろう。如何やら俺が寮に入った初日の晩によく眠れたのは、レイが水差しに薬を入れていたからだ。彼が何故そんなことをしたのかは分からない。
だが彼が黒幕の配下であれば、リベリーナの無実を証明する証拠品はとっくに奪われているだろう。しかし証拠品は無事で俺の手元にあり、俺自身も無事である。更に言えば睡眠薬入りの水を用意するところは、第二王子と手段が同じだ。それらのことを踏まえると、レイを完全に黒幕の配下とも言えない。
要するに現段階ではレイが黒幕派である確証はないが、第二王子派であるという確証もないのだ。判断材料が少ない上に、分からないことだらけである。しかし怪しい騎士と会っていることからも、信用しない方が懸命だろう。
「…………」
レイと謎の騎士の足音が響くと、扉が閉まる音が響いた。如何やら二人は外へと出て行ったようだ。何をするために出かけたかは分からないが、遭遇することを回避出来たのは不幸中の幸いかもしれない。今の俺では上手く取り繕うことが出来ないだろう。
「…………」
二人が戻って来る様子が無いか、耳を澄ませて確認する。
「はぁぁぁ…………」
戻ってくる様子がない。俺は口に当てていた手を離すと、長い溜息を吐く。一度信じた相手のことが怪しく思えると、精神的に辛いものがある。しかし俺には悠長に構えている暇はない。
「如何するかな……」
今後のことを考える。信用出来ない人物と一緒に行動をするのは危険だ。今はリベリーナの無実を証明する証拠品を奪われていないが、今後取り上げられる可能性もある。単に黒幕派から確保する指示が出ていないだけかもしれない。リベリーナの無実を証明する証拠品の安全を最優先とするならば、第二王子に会いに行くべきである。
しかし俺の現状では第二王子に会うことは出来ない。本来のロイド・クラインの名前を使ったとしても、地方男爵家の三男坊では第二王子殿下にお目通りは叶わないだろう。今後、第二王子は『王太子』に任命される身分である。地方男爵家の三男坊に裂く時間などない筈だ。仮に許可されたとしても、黒幕派に俺の存在が知れ渡ることになる。下手に動くわけにはいかない。
最善策は本当の第二王子派と連絡を取るか、合流することが望ましいだろう。そして第二王子に取り次いでもらうしかない。だが地方男爵家の三男坊であり、何の伝手もない俺にそれを可能にする方法は限られている。
「行くしかないか……」
俺は決意を固めると立ち上がった。




