第五十四話 見習い⑭
「え、えっと……それで、『神の慈悲』っていう意味は?」
「嗚呼。それは先程、ナイバー先輩が仰っていた『葉』にあります。悪意を持って使われた毒に対して『葉』が唯一の解毒剤になるのです」
何故か咳払いをしたレイが、名前の由来について尋ねる。毒の話をした後だからか、若干顔色が悪いようにも見えるのは気のせいだろうか。俺は質問に答える。
「じゃあ、この『神の慈悲』に『葉』が付けられているのは万が一の保険ってことかな?」
「ええ、その通りです。一般的には種に毒があることは知られていませんが、『葉』が付けられて出荷されています。農園の関係者ならば知っているのでしょう」
『葉』は解毒剤としての保険で『神の慈悲』に付けられているが、その用途と理由も知られてはいない。ある意味平和的である。万が一毒が使われたとしても、誰も対応することが出来ないのは危険だ。生産している農園は『葉』を付けて出荷をしているところをみると、多少なりとも知識があるようである。
「……解毒剤の使用方法って知っているのかい?」
「はい。そのまま『葉』を口に含ませることです。時間があれば『葉』を擦り合わせ、『葉』の汁を飲ませた上で口に含ませる方が効果的です。命は助かりますよ」
予想通りレイは解毒剤の使用方法について尋ねる。毒に対して解毒剤の使用方法はとても簡単だ。
「つまり、毒はあるが解毒剤も存在して助かるから『神の慈悲』ってことかな?」
「……まあ、そうですね」
『神の慈悲』という名前の由来については、一般的にはレイの考えで半分正解である。残り半分の正解を口にするか如何かで、俺は歯切れの悪い返事をした。
「……? 何かあるのかい?」
「……『神の慈悲』という名前の由来には、それ以外に逸話があるそうです」
俺の態度から何かあるとレイが尋ねてくるが、確信したことは告げない。あくまでも聞いたことがあるだけだという体裁を保つ。これ以上、あまり一般的に知られていない知識や情報を開示し過ぎるのは良くないからだ。
更に言えば、『神の慈悲』には『愚者の実』と同じく逸話がある。だがそれは、毒以上に知られていない。簡単に言えば、その逸話はある家の汚点なのだ。その汚点を消し去りたい、ある貴族の家が総力を上げた結果により今の状況がある。種の毒が一般的に知れ渡っていないのは、その逸話を消し去る為に行った隠蔽工作による副産物だろう。毒の危険性を周知出来ないのは迷惑な話である。
しかしそれだけ、その貴族の家は汚点を消し去りたかったのだ。それを可能にしてしまうとは、つくづく貴族の地位と権力は恐ろしいものである。
「……ところで、それらの情報は何処で知ったのかな?」
少し声を低くしたレイが、予想通り知識の出所について言及をする。一般的に知られていない毒と解毒剤、更にはそれについての逸話を知っているとなれば聞いて当然だ。彼の正体が騎士であることは知っているが、こうして時々本職を見せられると監視されていることを思い出す。この件に関しても主である第二王子へと報告が行くのだろう。仕事熱心なことである。
「以前に読んだ本に書いてありました」
噓は言っていない。ゲーム内で得た知識だが、学園の図書館で読んだ本でも確認は取れている。だが、そのことを『ライト・ローク』が口にするのは可笑しい。『ライト・ローク』はコック見習いであり、王都の学園に通った経歴はないからだ。地方男爵家の三男坊のロイド・クラインの時に得た知識と情報だが、今の俺『ライト・ローク』が何処で読んだ本まで告げる必要はないだろう。
「へぇ、そうなのか! 凄いね! そんなことまで知っているなんて! ライトくんは勉強熱心だね!」
「……いえ、そんなことはありませんよ」
無難な返しだったが、納得をしたのかレイは明るい声を上げた。黒幕を捕らえる件に関しては第二王子に会いたいが、この知識の出所について聞かれるのは厄介である。
「おい!! 何をぐずぐずしている!? 早くしろ!!」
何とかレイからの追求を躱し安堵する。すると今度は背後から怒声が響いた。
お読みいただきありがとうございました。
次回は4/30水曜日の7時10分に投稿予定です。←変更します!4月26日土曜日の7時10分に投稿予定予定です。




