第五十二話 見習い⑫
「よし! これで最後だよ!」
「お……終わった……」
ひたすらに大量の芋と格闘し、レイが最後の芋を切り終えた。何とか昼食に間に合うであろう時間に作業を終えることが出来た。俺は包丁を置くと、その場にしゃがみ込む。実家にいた頃、手伝いで芋の皮むきをしたことがあったがここまで大量の芋を相手にするのは初めてだ。一生分の芋の皮を剝いた気がする。これならば、元王太子やイリーナ連中を相手にしている方が楽だ。
「お~い! 如何だ? 終わりそうか? 手伝いに来たぞ!」
一息ついているとレガリア料理長が現れた。如何やら俺たちの手伝いに来てくれたようだ。レイの実力を知り、来たばかりの俺と二人では戦力が乏しいと判断してのことだろう。作業は終えたが、料理長として忙しい中に様子を見に来てくれたことは有り難い。
「あ! 料理長! 大丈夫です! 終わりました!」
「おう! お疲れ! 凄いじゃないか! 俺たちが手伝わなくても昼前に終わらせているなんてな! レイもライトが頑張ったな!」
疲れた俺とは反対に元気なレイが返事をする。体力は学園への往復で少しは自信があるつもりだったが、慣れない作業をすると予想以上に体力を消費するようだ。
「はい! ライトくんが指示を出してくれて、役割分担したら出来ました!」
「えっと、は、はい……ナイバー先輩と協力したので、なんとかなりました」
料理長を前に座っている訳にもいかない。俺は立ち上がると、レイに続き報告をする。レイの皮むきには大問題があったが、切り分ける技術に助けられたのは事実だ。俺一人ではこの大量の芋を相手にすることは出来なかっただろう。
「そうかそうか! 今から休憩時間だと言いたいところだが……この後に城門まで追加の荷物を取りに行ってくれ! それが終わったら、今日の仕事は終わりでいいからな!」
豪快に料理長が笑うと、申し訳なさそうな表情で次の仕事について口にした。正直に言えば少し休憩をしたいところだが、次の仕事があるならばそう言っていられない。
「はい! 分かりました!」
「……分かりました」
レイに続き返事をすると料理長は頷き、厨房へと歩いて行った。
「さてと……荷物は城門まで荷物を取りに行くよ! あ、陽射しが強くなってきたから、これを被った方がいいね!」
「……ありがとうございます」
レイからタオルを渡される。確かに昼に近付き陽射しが強くなってきた。このタオルは単に日除けの意味で渡したのではない。これから行く城門では多くの人間たちが出入りをしている。つまり黒幕派が居る可能性も充分に考えられるのだ。俺はモブ顔であり髪や瞳は平凡な色であるが、卒業パーティーに参加していた黒幕派に見付かれば厄介なことになる。その為の対策だろう。俺だけタオルを被るのは目立つ為か、彼自身もタオルを被る。俺は大人しくタオルを被ると、顎の下で緩く結んだ。
「よし! じゃあ、頼まれた荷物を取りに行こう!」
「はい」
野外調理場の近くに停めてある木製のリアカーをレイが手にする。俺は並走する形で歩き出した。
「いい天気だね!」
「そうですね」
地面が走るリアカーの車輪が響くのを聞きながら、左右を草木に囲まれた道を歩く。この道は厨房へと続く道の為、誰ともすれ違わない。レイと俺の声だけが響く。
「さっきは、芋の皮むきありがとう! 慣れているのかい?」
「まあ、実家の手伝いでやっていたので……ただこんなに大量なのは初めてです」
レイの唐突な質問に『ライト・ローク』として答える。只でさえ分厚い眼鏡で表情が読みにくいといのに、更にタオルで顔の半分が見えない。声色で判断をするしかないのだ。彼は『ライト・ローク』の経歴を把握している為、これは俺への確認作業だろう。これから城門へと向かうのだ。誰が見聞きしているかは分からない。万が一の時はあの怪しい騎士のように大人しく引き下がってくれれば良いが、高官や高位の貴族の場合は対処が難しくなることもある。その為に『ライト・ローク』としての自覚を促しいているのだ。
「そっかぁ! ライトくんが居てくれて助かったよ!」
「僕もナイバー先輩と一緒で良かったです」
特に何かを要求されることも指摘されることもなく返事をするところを見ると、俺が『ライト・ローク』を演じることを自覚している意図は伝わったようだ。
「この辺りからは、他と道が合流しているから気を付けてね」
「はい……何時もこの量の乗り入れがあるのですか?」
緩やかな下り坂を降りきると、道幅が広く煉瓦造りの道と合流した。如何やら城門の近くに辿り着いたようだ。行き交う馬車やリアカーの数が多い。流石は王城であるが、城には限られた人物しか登城することは出来ない筈である。そのことを踏まえると、行き交う馬車の量に違和感を覚えた。
「ん? いやぁ……何時もは違うよ! もう少し落ち着いているよ! なんでも近々、お城でパーティーが開かれるみたいで、御貴族様たちが大集合しているらしいよ!」
「……っ、そうなのですか」
レイの発言に一瞬だけ息を詰まらせた。元王太子が『王太子』の任を解かれリベリーナを断罪しかけた、このタイミングで行うパーティーなど普通のパーティーではないだろう。加えて多くの貴族達を集めているところを見ると、第二王子を『王太子』に任命する任命式の可能性が高い。更に言えば、第二王子の地盤を盤石のものとする為に、リベリーナとの婚約が発表される可能性もある。
王家は卒業パーティーの件で、失った信頼を速やかに回復しなければならない。『王太子』への準備と黒幕を捕らえることを平行することは不可能だろう。第二王子が黒幕を捕らえることが出来ず、俺を証拠品の『保管係』にしたことにも納得することが出来る。そして予期せず脱走した俺を、見習いコックの『ライト・ローク』にし留まらせるのが精一杯のようだ。
「……まあ、でも! 俺たちには関係のないことだよね?」
明るいレイの声が思考を遮る。
彼を見れば相変わらず分厚い眼鏡の所為で、表情を読むことが出来ない。だが、余計なことを考えるなと釘を刺していることは分かる。
今の俺は地方男爵家の三男坊のロイド・クラインではない。只のコック見習いの『ライト・ローク』である。
「そうですね……」
何も情報がない状態で動くほど愚かではない。下手に動けば第二王子の足を引っ張ることにもなるだろう。俺は大人しく頷いた。




