第五十一話 見習い⑪
「え、ナイバー先輩……?」
振り向き目に入った光景の酷さに、戸惑いながら俺は彼の名前を呼んだ。
「や、やあ……ライトくん……」
自身の無さそうな小さい声でレイが返事をした。彼の手には小さい芋が握られているため一見すると、くし切りをしている最中に見える。だが彼のまな板の上には、異様に厚く剥かれた芋の皮が落ちているのを見て全てを悟る。レイは料理が下手なようだ。いや料理以前の問題である。一つの芋の皮を剥くのに、これだけの時間が掛かるのは異常だ。更に言えば、芋の可食部分が殆どない。ひどい有様である。演技ということも考えられるが食材を無駄にする行為や、与えられた仕事に対して誠実に対応しないことは騎士では考えられない。レイは単純に驚愕的な不器用のようだ。
レイが自己紹介で『本当は見習い騎士だけど、野営訓練時に料理が下手過ぎだって怒られて……。それで、コック見習いとして暫く働いているよ!』というのは本当のことだったようだ。これは野営訓練の教官に怒られても仕方がないレベルである。
さて、此処で問題が一つ。
俺たちに課せられた約二十箱の大量の芋、いくら昼食に間に合えば良いとは言ってもこのペースでは終わる気がしない。レガリア料理長が昼の分だと言っていたのは、このレイの不器用さを知っていたからである。ある意味では正しい時間設定だが、ある意味では間違っている。俺とレイの二人では昼になっても終わるとは思えない。
「料理が下手というのは本当なのですね」
「うぅ! 酷いよ……ライトくん……」
俺は素直な感想を口にする。レイは情けない声を出す。その姿は第二王子の部下とは到底思えない。菜園や寮の部屋の確認などで発揮した、騎士らしい姿は見る影も形もないのだ。騎士である以上、剣術や体術・武術は必須である。刃物としての用途が違うとしても料理が壊滅的に下手というのは、緊急事態に致命的だ。食事は命を繋ぐ生命線であり、戦で言えば活力や心の拠り所になる。レイの腕前を見る限り、コック見習いとして働いているのが納得出来てしまう。
「失礼。料理が下手なのではなく、正しくは不器用なのですね」
「うぅ……正論が……」
詫びて訂正をする。レイは料理が下手なのではない。料理をする以前で大問題が起こるぐらいの、不器用さなのだ。間違えてはいけない。俺の発言を受けて、レイが項垂れる。
予想ではあるが、これだけの不器用さならば、本格的な調理を開始すれば大惨事を招くことは確実だ。
「さて、冗談はここまでにして……」
「……え? 今の冗談だったの?」
俺には黒幕を捕らえ吊るし上げるという重大事項があるが、情報が集まるまではこの与えられた環境に従事すると決めた。先ずは与えられた仕事をこなすことが大事だ。目先の問題を解決することに集中する。
「ナイバー先輩は見習い騎士ですので、刃物の扱いは得意ですよね? 具材を切るのは如何なのですか?」
「えっと……それは大丈夫! 切るのは得意だよ!」
念の為、レイに具材は切れるのか確認をする。自信満々に返事をするところが逆に怖いのだが、彼の主張を信じるしかない。いくら驚愕的な不器用でも、具材を切ることは出来て欲しいのだ。矛盾しているように思われる願いだが、彼は仮にも見習い騎士である。そして正体は第二王子に近い騎士だ。有事の際に遭難でもして、具材を切れなくて飢えるなどあって欲しくない。最悪皮を剥くことが出来ずとも、食材を切り分けることが出来れば飢えは凌ぐことが出来る。皮に毒がある場合は、皮に注意して食さなければいいのだ。
「……では、この四つの芋を指定された四種類の切り方にしてください」
俺が剥いた芋を四つ、彼のまな板の上に置いた。これで彼が自信と同じような実力を発揮することが出来れば、幾らか救いがある。
「了解! 見ていてね!」
レイは自信に満ちた面持ちで包丁を構えると、芋を手に取る。そしてリズミカルに四つの芋を切り分けると、それぞれの木桶へと入れた。まるで先程の人間とは思えないほどの、包丁裁きである。驚愕的な不器用さだと思っていたが、その不器用さが発揮されるのは皮むきだけのようだ。
「……お見事です」
「ね! 俺、切るのは得意だって言ったでしょう!」
俺が素直に称賛すれば、レイは自信満々に笑顔になる。予想以上の結果に、これなら如何にかなるだろう。些か希望の光が見えたことに安堵する。
「ええ、その通りですね。では、作業を分担しましよう。僕が皮を剝くので、先輩が切り分けてください。他の作業は随時、手が空いている方が様子を見ながら担うということでいいですか?」
「うん! いいと思うよ!」
作業を分担すれば何とかなりそうである。レイに指示を出し、芋を手にした。




