第五話 追撃②
「……は? その悪女が冤罪? 何を言っている!?」
「リベリーナ様をそのように呼ぶのは止めてください。彼女は素敵な方です」
俺の発言に王太子は顔を歪ませて、罵声を吐こうとする。俺の堪忍袋にも限界がある。抑えていた怒りを少しだけ、王太子へと放つ。
「貴様っ! 僕は王太子だぞ!?」
「王太子殿下であろうと、間違っていることは間違っていると指摘致します。義務と責任があっての権利と権力ではありませんか? 王太子殿下?」
子どものような言い訳に、俺の声が低くなる。まだ止めを刺す時ではない。煽るように笑顔を向ける。
「……っ!? この僕に歯向かって、悪女を支持するなんて頭が可笑しい!!」
「本当に悪女ならば、重たいドアを開けてくれませんよ。スケルさんとイリーナ様が仰っていた日に、俺はリベリーナ様に助けて頂きました。俺が両手に沢山の本を抱え、図書館のドアを開けることが出来ずに困っていると、リベリーナ様が開けてくださいました」
「だから! それが何だと言うのだ!? ドアを開けたから、イリーナにした数々の虐めを無かったことに出来ると思ったのか!?」
少しは自分の頭で考えてから発言をして欲しいが、完全に血圧が上がっている王太子にはその要望は通らないだろう。モブの煽り顔は相当な煽り力があるようだ。
「いえ。丁度、17時はリベリーナ様が本を借りられた時間でしたので、リベリーナ様がイリーナ様を突き落とすなんて不可能だと確信したのです」
怒鳴り散らす王太子に対して、俺の冷静な声が響く。
『リベリーナ、イリーナを階段から突き落とす事件』が起こる日のおおよその見当はついていた。後はその近い日にちに注意し、リベリーナの行動を注意深く見守るだけだった。あの日も勤勉な彼女が図書館に来ることは予想していたが、教員の手伝いで大量の本を抱えていた俺を助けてくれたことは完全に予想外だった。
そしてイリーナは俺が運んでいた一冊の本に興味を持ち、その場で借りたのだ。
「……なっ!? 本を借りただと……?」
「はい。その様子は、俺と司書の方と学園長と秘書の方。4人程見ております」
目を見開き固まる王太子。更に俺たちを見守る学園長と秘書と司書が頷くと、眉間に皺を寄せ始めた。
それはそうだろう。前世の現代でもそうだったが、本の貸出には貸し出し名簿に日付と日時が記載される。更に言えば6月最後の日は特別な日だ。17時に学園長が、半年間の貸し出し名簿を取りに来るのだ。つまり王太子の権限を使い証言を変えたくとも、学園長とその秘書が本を借りる場面に遭遇している。噓の証言を作り上げることは出来ない。そして本の貸出名簿はその時に学園長に回収されており、今更改竄することは不可能である。
先程の鍵の貸出名簿は誤魔化されてしまったが、全てはこの確実に無罪の証拠を突き出したかったからだ。スケルとイリーナの三文芝居でも、状況や時刻・鍵の貸出については訂正があったが日付については何も言い訳がなかった。今更、日付を間違っていたなどと言えば、彼らの発言にそのものが間違いだらけだと主張するようなものである。
全くその通りであり、俺はそれで良いのだがこれだけのことをリベリーナにしでかしたのだ。再起不能な深刻なまでに、彼らには後悔してもらわなければならない。
「それで……リベリーナ様はどの本をお借りになられたのですか?」
王太子が使い物にならないと判断したイリーナが、情報収集の為の質問をする。笑顔を浮かべているが、声には苛立ちと焦りが表れている。いい感じに仕上がっているようだ。
リベリーナを断罪し嘲笑い、謝罪させる場面で俺が登場した。イリーナにとっては最高の状態に水を差され、不完全燃焼の状態だ。そこに俺が『リベリーナ、イリーナを階段から突き落とす事件』について色々と質問を重ねた為に、イリーナの不満は最高潮だろう。
更に此処でリベリーナの無罪を証明する決定的な物が出てきたのだ。爆発寸前の風船のような心情だろう。
イリーナの取り巻き達が、大広間から校舎に繋がるドア付近へと移動するのを視界の端で確認をする。さて、このタイミングでイリーナが本の名前を聞き出すのは何故か?それは図書館の本に細工をするからだ。イリーナが本の名前を聞き出した瞬間に、彼らが図書館に行き本の後ろにある貸し出し表を改竄する計画なのだ。
そして学園長の持つ貸し出し名簿と、本の後ろの貸し出し表が合わないことを理由にリベリーナの無実を否定する算段なのだろう。そうしてリベリーナの無実の証拠さえも、有耶無耶に捻り潰すつもりなのだ。
全くもって腹立たしいこの上ない。
「嗚呼。それはこの本ですね……」
俺は再び胸ポケットから本を取り出した。それは手のひらサイズの童話である。
「……っ、それは……」
「ご安心ください。これは俺が個人的に購入した本です。今日卒業するのに、図書館の本を借りたままではいませんよ」
本を取り出した俺にあからさまに顔を険しくするイリーナ。俺は『本物だと思ったか?』という意味を込めて意地悪く笑う。
「そ……そうですか……。それなら良かったです」
図書館の本でないと分かり、イリーナはあからさまに安堵し笑った。
油断したな?
「あ、失礼。如何やら自室で入れ替わってしまったようです」
「なっ!!?」
俺はわざとらしく、本を広げ後ろの貸し出し表を取り出す。そしてリベリーナの無実を証明する日時と司書のサインを周囲へと見せた。
イリーナは大声を上げると、目を見開き固まった。敵を前にして隙を見せるのが悪い。俺には地位も後ろ盾もないただのモブである。唯一得意があるとしたら、少しだけ人の粗探しが上手いだけだ。
「嗚呼、でもこれでリベリーナ様の無実は証明されましたね? 何故なら17時に図書館に居たリベリーナ様が、遠く離れた旧校舎でイリーナ様を突き落とすなんて出来ないのですからね?」
「っ!?」
「……っ!」
俺は前後の証言や証拠も踏まえて、リベリーナの無実を告げる。王太子とイリーナは悔しそうに顔を歪ませる。反論があるなら聞いてやるぞ?但し正当性があるならの話しだが。
「あと今思い出したのですが『旧校舎の中央階段』についてですが……。中央階段は老朽化し階段部分は全て撤去されています。従って階段から突き落とすことは不可能です。あれ? 可笑しいですね? 階段部分がないのに如何やって階段から突き落とされたのですか?」
更に『リベリーナ、イリーナを階段から突き落とす事件』の現場が存在していなかったことを告げる。
「そ……それは……」
「ち、違う! 中央階段じゃなかった! 東側の階段だった!」
「貴方は先程発言に間違いないとお答えしました。それは証言に対して噓をついたということになりますよね?」
イリーナが言い淀むと、スケルから証言の訂正が入る。よく働く駄犬だ。そのおかげで証言の信憑性は完全に崩壊した。証言を変えれば変えるほど怪しまれるのだ。
「ルイズ王太子殿下。時間のことと、階段のことといい、イリーナ様とスケルさんの発言には問題があるようですね?」
「……くっ! 最近忙しかったから、二人共疲れているのだろう……」
リベリーナの冤罪を認めるように求めるが、王太子は苦し紛れの言い訳を口にした。更には駄犬とイリーナを庇う言葉を重ねる。これだけ決定的な証拠を突き付けているというのに、往生際が悪すぎるだろう。
「ちょっと何よ!? さっきから! イリーナ様のことをせめて! 半年も前のことをネチネチと!!」
王太子達に呆れる。もう一つの動かぬ証拠を告げようとすると、眼鏡をかけた女子生徒が声を上げた。『イリーナのドレスが破られ、それがリベリーナのロッカーから出ている事件』の証言者である。
こいつらは本当に俺のことを苛立たせる。