第四十六話 見習い⑥
「ようこそ、此処が寮だよ!」
「はい」
元気よくレイが煉瓦造りの建物の扉を開け、重厚感のある石造りの床へと足を進める。大人数が生活している為、玄関ホールは広く。吹き抜けを中心に螺旋階段が、各階を繋いでいる。
「今は皆、仕事に行っているから居ないからね。一階には食堂と救護室があるよ!」
先を歩くレイは、如何やら先ほどの出来事から気持ちを切り替えたようだ。流石は第二王子の部下である。
「僕たちの部屋は三階だよ! 本来は四人部屋なのだけど、俺とライトくんの二人部屋さ! 気楽に行こう!」
「はい」
彼の案内で螺旋階段を上る。王城にある寮ということもあり、気品を感じる内装だ。俺が軟禁されていた空間との類似点を探すが、デザインが違い何も情報は得られない。一つだけ分かるとすれば、あの空間とこの寮が違う時代に建設されたであろうということだけだ。俺の予測では、軟禁されていたあの空間が古くこの寮が新しい建物だろう。
如何やら寮の部屋はレイと一緒のようだ。第二王子の部下である彼と別というのは考え難いため納得である。更に言えば、本来四人で使用する部屋に俺とレイを宛がっているということは、他者を件の出来事に巻き込まない為の配慮だろう。黒幕派が他者を巻き込まないとは限らないからだ。きっとこの部屋割りに関しても、第二王子の指示である。身分証明書などのこともあり、一体何時からどれだけの用意をしていたのだろう。
「此処の部屋だけど……あ! ごめん! 部屋が散らかっていたのを忘れていた! 一人でこの部屋を使っていたからさ! 少し片付けるね! 待っていて!」
三階へと上り終え、一番奥の部屋の前へと辿り着く。するとレイが慌てた様子で部屋へ入るのを止める。彼が部屋に入るのを待って欲しい理由を説明するが、本当の理由は別にあるのだろう。
「分かりました」
此処で揉める必要はない。俺は大人しく頷いた。
「ありがとう! 直ぐだから! 待っていてね!」
俺の返事を聞くと、レイは素早く部屋に入り扉を閉める。そして鍵を掛ける音が響いた。
レイが部屋の中を片付けると言っていたが、あれは噓である。寮の部屋を使用しているのは、現在レイだけということだ。しかし本来は、寮は四人部屋であり協調性と規則が重要視される。いくら一人で生活していたとはいえ、自堕落な生活はしないだろう。第二王子の部下ならば猶更である。
俺の予想が正しければ、レイは第二王子の騎士だ。菜園での動きを考えると充分である。そして寮の部屋に噓を吐いてまで、一人で入ったのは部屋の中の安全確認をする為だろう。黒幕派が潜んでいる可能性もあるからだ。鍵を掛けたのは万が一、部屋に潜む敵と遭遇した場合の対策である。部屋から敵を出させず、俺と遭遇させない為だ。俺に武術の心得はない。故にその考えは正しいのである。
因みに二度も『待っていろ』言ったのは敵が部屋にいた場合に、俺が勝手に逃亡しないように釘を刺したのだ。部屋に侵入者が居る場合、其処から動き外で待機している仲間に捕まれば面倒である。逆にレイの傍ならば大丈夫という判断だろう。それだけの実力があるのだ。
要する近くには、レイの仲間は居らず。俺を監視出来るのは、彼一人ということだ。第二王子派の仲間が近くに居れば、仲間が先に寮の部屋の安全確認を済ませることができる。そうすればレイは俺に不審がられず、スムーズに部屋へと入ることが出来たのだ。それをしないということは、第二王子派は人員に限りがあるようである。黒幕と黒幕派がわからない状況で、大人数の配置転換は目立ち危険だ。
「はい! お待たせ! どうぞ、ライトくん!」
「ありがとうございます。失礼します」
三十秒も待たない間に扉が開いた。如何やら安全確認が済んだようだ。確認作業も手早いとことをみると、レイはこういう事態を多く経験しているのだろう。そう考えると彼は第二王子にかなり近い部下であり騎士ということになる。第二王子の側近という可能性もあるだろう。
俺は促されるまま、部屋へと足を踏み入れた。
「クローゼットは此処で、ライトくんの制服は入れてあるから! あと、そっちの扉は洗面所だよ。飲み水は毎朝新鮮なのに取り替えるから、安心して飲んでね!」
「……はい」
寮の部屋は廊下の内装と同じで白を基調としている。白い壁と床は清潔感があり、部屋を広く見せる役割も担っているようだ。手前に談話スペースのソファーとローテーブルがあり、左手の壁に四台のクローゼットが並ぶ。右手には一つの扉があり洗面所に繋がっているようだ。そして部屋の一番奥に、小さな机を挟んで左右に二段ベッドが置かれている。
「それからベッドは二段ベッドになるよ! 上の段でも下の段でも好きな所を使ってね!
因みに俺はこっちの下の段ね!」
「分かりました」
俺はレイとは反対側の下の段を選んだ。寝相は悪くはないが、寝ぼけて階段を踏み外す場合もある。要らぬ怪我を増やさない為の対策だ。更に言えば襲撃があった場合、素早く逃げる為にも下の段の方が良いのだろう。
「説明はこれくらいかな……何か質問ある?」
説明を終えたと、レイが振り向く。しかし肝心の『説明』が為されていない。俺は現状に関して何も分かっていないのだ。
リベリーナの無実を証明する証拠品の『保管係』として、保護という名の軟禁をされていた。その後は秘密の抜け道から出て、謎の騎士と第二王子派と思われるレイ・ナイバーと遭遇したという事実だけである。
「ナイバーさんに『お預け』している書類一式をお返し願います」
黒幕の情報を掴むためにも、先ずは現状を知る必要があるのだ。




