第四十二話 見習い②
「……迷子ですか?」
俺の回答を聞くと騎士は怪訝そうな顔をした。その反応は正しい。街中であればこの言い訳は通じるだろう。しかし此処は王城である。一般人が簡単に登城出来る場所ではない。貴族でもそれなりの地位と理由がなければ、登城許可も降りないのだ。更に正式な手続きと証明書が無ければ登城することは叶わない場所である。
そのような厳重な警備体制がしかれている場所で『迷子』という主張は安易だ。だが騎士団員や従事する制服姿でもない俺の存在は確実に浮いている。それを納得させることが出来る理由としては『迷子』というのが最適だ。
「はい。お恥ずかしい話、私は田舎者です。王城に入れたことに喜び、色々と見ていたら迷子になってしまい……。何方かに道を尋ねたくとも、誰とも出会うことが出来ずに困り果てておりました。そこで人が居られそうな、此方を訪ねた次第です」
噓と真実を織り交ぜながら言い訳をする。全てが噓であれば、胡散臭い。だが、少しの真実を混ぜることにより信憑性を帯びる。俺が田舎者であるのは間違いない。そして王城に入りたくて入ったわけではないが、迷子になったのは事実だ。文句ならば全て、此処に連れてきた第二王子に言って欲しい。俺は悪くないのだ。
「そうでしたか。それは大変でしたね。今は昼の休憩時間ですので、巡回する団員も少ないのです」
騎士からの疑いの眼差しが消える。如何やら俺の言い訳に納得してくれたようだ。頷きながら、警備体制の情報も与えてくれる。矢張り昼間に行動したのは正解だったようだ。夜間は第二王子の部下と鉢合わせする可能と、秘密の抜け道を使用しても騎士団員に発見される確率が高い。秘密の抜け道を再度使用する可能性はかなり低いが、使用する際には時間帯も考慮した方が良いようだ。
「そうなのですね。では私はこれで……」
疑いが晴れたならば、怪しまれる前にこの場を辞することにする。俺は第二王子派と黒幕派に見つかるわけにはいかない。身体の向きを変えようと、右足を動かそうとした。
「折角ですから、私が目的地までお送りいたします」
「……え? いや、……その……騎士様にそんなご迷惑をおかけするには参りません」
騎士からの突然の提案に思わず足を止める。納得したならば、放置しておいてくれて構わない。寧ろ放置しておいて欲しいのだ。相手が騎士という立場にあることを利用し、案内係を断る。
俺はこの騎士を信用していない。感覚的な話だが、何か歪な感じがするのだ。つまり正直な話、余り関わりたくないのである。
「いえいえ、ご遠慮なく。国民を守る為の騎士団です。国民の皆様が困っているのを見過ごすわけには参りません」
「いえ、道案内などの雑務で、騎士様のお手を煩わせることではありません」
爽やかな笑みを浮かべ、力説する騎士。素晴らしい心掛けと精神だとは思うが、今の俺にとっては迷惑なこの上ない。仕事熱心なのは感心するが、出来れば俺に発揮しないでくれ。先程よりも強く断る。
「……私以外の騎士に声を掛けても同じことです。皆喜んでご案内いたしますよ?」
尚も引き下がらない相手に違和感が募る。
これだけ執拗に案内を申し出てくるということは、単なる騎士の精神からでない。警戒心を解きやすいモブ顔パワーも効いていないのだ。
つまりこの騎士は初めから俺を事前に知り、疑っていたということになる。知った上で疑惑から確信に変わってしまったようだ。騎士は第二王子の部下か黒幕派の配下の可能性が高い。だがどちらの派閥かは現段階では、判断をすることが出来ないのだ。どちらにも俺の顔は両派閥で知られている筈である。きっと俺はこの王都で、モブなのに知られているモブ顔ナンバーワンになっていることだろう。
「お昼休みだったのでは?」
判断出来ない為、煽り反応を伺う。質問に対して質問で応えるのは失礼である。わざと礼を失する行動を起こす。不敬を買う心配もあるが、黒幕派の可能性もある以上に心配することなどないのだ。騎士が帯刀している剣が視界に嫌でも入るが、今のところ殺意は感じない。逆に攻撃してくれば黒幕派の証明になり、それと同時に黒幕派の尻尾を掴むことが出来る。 問題は斬りかかられてから、如何やって騎士を拘束するかだ。頭に血が上った相手に交渉という手段は有益ではない。そのあたりは、騎士の反応を見てから考えることにする。
黒幕を吊るし上げる確率を高める為ならば、俺は手段を選ばない。
「私は早番でしたので先に休憩をいただきました。ですから、ご心配なく」
「そうですか……」
俺の煽る言葉は軽く躱された。
如何やら俺の意図は見破られているようだ。そのことに少し驚く。卒業パーティーの一件から両方の派閥から俺は問題視されていることは予想していた。だが俺の正確や思考への対策がされているとは思わなかったのだ。問題点に対して迅速な対応を行うことは組織において重要である。その面に関しては第二王子派と黒幕派のどちらも優秀であると言えるが、黒幕派は歪だ。
第二王子派は直接対面した第二王子が指揮を執ったのだろう。だが黒幕派は卒業パーティーでのやり取りを目撃した少しの情報だけだ。それで此処までの対策を講じることで出来るわけがない。
単純に目の前の騎士が黒幕派ではなく、第二王子の部下であるならば納得することが出来る。第二王子派ならば、さっさと身分を明かして欲しい。だが、騎士は名前も所属も名乗らないのだ。名乗りたくないのか、名乗ることが出来ないのか分からない。しかし信用するに値しないことは確かである。
余計な考えは持つべきではないが、第三勢力の可能性も加味して行動した方がいいようだ。俺に関わってくる派閥が、第二王子派と黒幕派だけだと高を括ると視野が狭くなる。事実、目の前の騎士がどちらの派閥に所属しているのか分からず。手をこまねいている。
「それで……何方迄、お送りすればよろしいのでしょうか?」
騎士は言葉こそ丁寧だが、有無を言わせない圧を放つ。俺が形勢逆転出来ないことを確信しているのだ。慢心は身を滅ぼすということを知らないのだろうか。元王太子もイリーナ達もそれで捕らえられたのだ。この騎士が第二王子派か黒幕派、それとも第三勢力かは分からない。相手が優位であると油断しているならば、好都合である。情報収集にご協力願うことにしよう。
「それでは……だ……」
案内してもらう場所を告げようとした。
「あ! 居た!」
背後からかけられた大声に、俺の声はかき消された。




