第四十一話 見習い①
「……っ、騎士様。失礼いたしました」
まさか誰かが扉を開けて出てくることも、出てきたのが騎士団員だとは思わなかった。俺は一歩後退すると、金髪にシトリンの瞳を持つ騎士に頭を下げる。
予期せぬ人物との遭遇に、思わず腹を押さえそうになるのを堪える。人間というものは、隠したい物を咄嗟に隠す性質があるのだ。目の前の騎士が味方か如何か分からないが、弱みを悟られるのは避けるべきである。この証拠品はリベリーナを黒幕から守るのに、不可欠な品なのだ。
この騎士団の制服は記憶に新しい。卒業パーティーで元王太子やイリーナ達を捕らえた騎士団の制服であり、王都を守る王立騎士団のものだ。つまりこの場所は王都であり、広大な敷地からも王城であることが分かる。現在位置を知ることが出来たのは嬉しいが、まさか王城だとは予想外だ。
そして問題は目の前の騎士である。
王立騎士団に所属している者の中には、貴族の子息たちも多く在籍している。中には親の爵位を笠に、プライドと気位が高い人物たちもいると聞く。目の前の騎士が噂のような貴族かどうかは分からないが、一瞬見ただけでも容姿が整っているのだ。ゲームの登場人物には居なかった筈だが、貴族である可能性が高い。兎に角、警戒せずにはいられないのだ。
更に言えば、第二王子派と黒幕派に追われている俺にとっては、貴族である可能性が高い人物との接触は回避したい。どちらの派閥に属している者でも、俺には不利益にしかならないからだ。第二王子派と黒幕派でなくとも、上流貴族の不敬を買えば地方男爵家の三男坊のモブである俺なんて太刀打ちできない。一刻も早く、目の前の騎士から離れるべきである。
「いえ、私の不注意でした。驚かせてしまい、申し訳ございません」
予想に反して騎士は俺に謝罪を口にした。
「え?! いえ、そ、そんな……こちらこそ、申し訳ありません」
予想外の反応に困惑し、俺は頭を上げた。性格が悪い俺は、誠実な対応をされると居心地を悪く感じてしまうのだ。このまま穏やかに別れることが出来ればいい。
「それで、貴方は騎士団への新規入団者ですか?」
俺の思惑は外れ、彼は当たり前の質問を口にする。
新規入団者ということは、俺が入ろうとした建物が騎士団に関係する建物であるということだ。門礼がないかと、視線を動かして確認したくなる。
だが此処で不用意に動くのは得策ではない。目の前の騎士が本当のことを言っているか分からないのだ。俺を試している可能性もある。俺は今し方、此処が王城であるということを知った。幾らスーツ姿だからとは言え不用意な行動を起こせば、不審者として疑われ応援を呼ばれる可能性もある。騒ぎは出来る限り起こしたくない。
騎士の彼は、俺がスーツ姿に鞄を持っていることから最も高い可能性から質問をしているだけだろう。確か新規入団者が入団する時期でもある。此処でその質問に便乗することは容易い。
しかし、俺は体術と剣術は苦手である。彼と握手などしてみれば、俺が騎士を目指していないことなど直ぐに見破られるだろう。いやそれ以外でも、騎士は主を守るべく洞察力にも優れている。俺の下手な噓など直ぐに見破られてしまう。
更に言えば、新規入団者ということは既に入団試験を合格している。書類や選考した人物に出会えば、噓は直ぐに露見するのだ。加えて卒業パーティーの件に目の前の騎士が出動し、俺を視認していた場合も加味して答えなければならない。
「いえ……そういうわけではありません」
騎士の顔を正面に見据えて、彼の質問を否定した。
「……では何故、騎士団員宿舎に入ろうとされていたのですか?」
俺の答えが予想外だったようだ。騎士はシトリンの瞳を僅かに見開くと、穏やかに笑いながら首を傾げた。穏やかに見えるが、しかし目は笑っていない。目は口程に物を言うというは本当のことである。この騎士の中で俺への認識が『新規入団者』から『不審者候補』へと、嬉しくないクラスアップの更新されたようだ。
この反応は騎士としては当たり前である。寧ろ騎士団員で不審者を見過ごす方が可笑しい。此処は国王や王族が住まう王城だ。一つの油断が取り返しのつかない事態を生むこともある。流石は鍛えられた騎士団員だ。俺のようなモブでは、太刀打ちできない。
「道に迷い、迷子になっておりました」
俺は素直に事情を告げた。




