第四話 追撃①
「もう、止めてください」
これ以上、駄犬を自由にしておくと己の名前が出てくることを判断したのか、イリーナが止めに入る。その顔は先程までリベリーナを追い詰め嘲笑っていた余裕が消えていた。その表情に少しだけ、苛立ちが落ち着く。
俺というイレギュラーなモブの登場に、止めるタイミングを見計らっていたのだろう。だが止めるには遅すぎだ。周囲にイリーナへ疑問を持たせることに成功した。第一ステップは完了だ。
「スケルさんがその……色々と発言が不安定なのは、私がお願いしたからです」
「『お願い』ですか?」
駄犬を庇う主張に俺は首を傾げる。確かにこの場でスケルを冷たく見放すと、駄犬が動揺しどんな失言をするかは分からない。庇った方が良いと判断をしたのだろうが不可解だ。泥船同士で助け合って何になるのだ。
「はい。その実は……あの日はリベリーナ様に手紙で旧校舎に呼び出されました。その時の手紙は捨ててしまいました……。ルイズ様には日頃からご心配をおかけしているので、自分の力だけで解決しようと思いました。ですが、やはり怖くてなってしまって……。それを見たスケルさんが会う様子を陰から見守って下さると、鍵を借りて来てくれたのです。リベリーナ様ともお話しで解決出来るならば、それで良いと思っていました。それに本当のおことを言えばリベリーナ様への余罪が増えてしまいます。だからスケルさんに本当のことをお話ししないように『お願い』をしました。ですからスケルさんは悪くありません!」
「そ……そうです! 全て今、イリーナ様が仰った通りです!」
思い詰めたように手袋で覆われた両手を握りしめながら、イリーナの言い訳が始まった。要するに駄犬の矛盾だらけの証言を正当化するのに、全て自分が悪いと噓を噓で上書きしようとしているのだ。スケルも先程の意気消沈した様子から一変し、水を得た魚のようにイーリスの発言の正しさを訴える。
「では……鍵が貸し出された時間と、突き落とされた時間が合わないのは如何いうことでしょうか?」
「それは、17時の鐘とスケルさんが勘違いしたのだと思います。あの時は私とスケルさんは慌てていたので……」
「そうだ! 確か、17時の鐘だった!」
俺が提示した矛盾点に言及すれば、勘違いという適当な回答で回避された。
「ごめんなさい、私の『お願い』で貴方を巻き込んで……」
「いえ! イリーナ様の為でしたら、こんなこと問題ありません」
続けて美談にする為に、三文芝居が展開される。周囲からの疑問の目を払拭出来たと思っているのだろう。
「イリーナ! 君はそんな怖い思いをしていたのか……しかも僕のことも心配をしてくれていたなんて……やはり君は素敵な女性だ! 君以上の女性は居ない!!」
「ルイズ様……」
更に傍観していた筈の王太子まで参戦してきた。全くもって面倒くさい展開である。
俺だって本当はリベリーナに大丈夫かと声をかけたい。しかし無駄な接触は避けるべきであり、取り敢えず俺は彼女の壁に徹するしかないのだ。
「おい! 地方貴族! お前の気掛かりはこれで晴れただろう?」
「ええ。晴れました」
ルイズ王太子はイリーナを抱きしめながら、俺を睨む。逆に言えばこの王太子がここまで黙っていてくれたのが奇跡的である。俺は素直に頷く。
「そうか! ならばそこを退いて罪人を……」
俺の後ろへと視線を送ろうとしたので、俺は一歩前に出ると声を張る。
「晴れましたとも……リベリーナ様の冤罪がね」
俺は笑った。