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第三十九話 新天地⑥

 

「暗いな……」


 秘密の抜け道である螺旋階段に俺が入ると、入り口は自動的に閉じ。暗闇に包まれる。


 如何やら時間制限があり閉じるようだ。詳しい者が居れば、内側から開ける方法なども分かるだろうが残念ながら居ない。暖炉の入口付近に灯りの備品は置かれていなかった。第二王子の部下が、この秘密の抜け道を通る際は灯りを持参していたのだろう。


 一歩、一歩と歩を進める度に、階段の木が軋む。


 右手を壁につけながら暗闇の中、階段を降りる。灯りがない為、慎重に歩みを進めるしかない。時折、左手に持った鞄を軽く振り、障害物の有無を確認する。


「まあ、焦る必要もないな」


 秘密の抜け道に入れた時点で、第一段階はクリアだ。その後はこの道を抜け、現在地の確認の後に『餌』として黒幕を誘き出し吊るし上げるだけである。

 今のところの問題は限りなく起こる確率が低いが、第二王子の部下と出会ってしまった場合だ。予想では第二王子の部下がこの道を使い、あの空間にやって来るのは深夜から明け方前迄である。今は昼間であり、遭遇する可能性はかなり低いが用心した方がいい。折角穏便な方法を見付けたのだ。出会わないことを祈る。


「これは……用意周到なのか?」


 俺が居た空間も木を基調とした造りだったが、この秘密の抜け道も木で造られている。単に古い建物の場合もあるが、知られては困る物を管理しておく建物の場合とも考えられるのだ。面倒事が起きた際に厄介な証拠品を屋敷ごと焼き払い、この世から消し去る為に敢えて木を主体にしているのではないだろう。考え過ぎかもしれないが、王族所有ならばそういう屋敷があってもおかしくはない。


「まあ、関係ないから良いか」


 俺は地方男爵家の三男坊でありモブである。今はリベリーナの無実を証明する証拠品を持っている為、第二王子と関わっているがこの件が終われば何時も通りのモブだ。国家の闇に触れるようなつもりはない。王族には王族の色々な考えや苦悩があるのだろう。モブである俺には関係のない話だ。モブにはモブの生活がある。モブには平凡な生活がお似合いだ。


「此処が一番下か?」


 規則的に階段を降りていたが、不意に次に降りる段差がなくなった。如何やら階段部分は終わったようだ。一般の住宅ならば一階分が13段から16段ぐらいである。今降りてきた階段の段数は52段程だ。螺旋階段の為、一階分の区切りがよく分からないが4階建て分の階段を降りたことになる。大凡ではあるが、俺が居た空間が三階だと仮定すればこの場所は地下部分に相当するということだ。敵に気付かれずに移動するならば、地下通路は最適である。


「次はどの方向かな……」


 壁に触れて探ってみると、人が一人立てる程の空間である。螺旋階段により、ほぼ垂直に降りてきた。此処から何処かに通じる横道がある筈だ。暗闇の為、手探りで探すしかないが右手方向だけが石造りになっていることに気が付く。


「よく考えているな」


 万が一、この建物が焼失した場合でも、石造りならば続く秘密の抜け道の存在を知られない。暖炉内から続いていた螺旋階段は燃え尽きてしまえば、痕跡は残らないのだ。俺が予想したこの屋敷の存在理由でもそれは大いに役に立つだろう。


「何か……此処か?」


 石造りの壁を開ける仕掛けがあるだろうと、探るが何もそれらしい物はない。試しに壁を両手で押してみる。すると音もなく壁が奥側へと開いた。重さを感じさせずに静かに開かれた空間へと、鞄で障害物を確認しながら入る。


「見えていないと不便だな……」


 石造りの壁に出来た扉を潜ると、背後から風が吹いた。如何やらこの扉も時間で閉まる仕掛けのようだ。灯りがない為、行動が遅いと挟まれる危険性もある。しかし、秘密の抜け道を使うのは有事の際だろう。追手を想定するならば時間制限があるのも納得できる。


「さて、出口は何処だろうな」


 再び右手を壁に付けながら、ゆっくりと歩を進める。


 意外にも、秘密の抜け道の中の空気は澄んでいることに驚く。第二王子の部下が使ったこともあるだろうが、有事の際に使えるように何処から空気が巡回するように造られているようだ。


 ここからは俺が居た屋敷から離れることになるが、抜け道が何処までどの様に繋がっているかは分からない。第二王子の部下が飲食物を届けたことを考えると、そう遠くにはないだろう。だが俺には秘密の抜け道に関しての知識も、灯りもない。何処が何処に通じているのか、扉を開く仕掛けを見つけることが出来る確率がかなり低いのだ。

 万が一、外に続く扉を発見することが出来なかった場合は、深夜から明け方の間に来るだろう第二王子の部下に回収してもらうしかない。

 だがその場合は俺があの空間から脱走したことが知られ、面倒なことになるだろう。そうすると俺の『餌』作戦と黒幕を吊るし上げることは叶わなくなってしまうのだ。それは絶対に回避しなければならない。

 秘密の抜け道の中で遭難した場合と外に出てからの保険として、林檎とパンだけは確保してある。遭難はしたくないが、外に出た後は直ぐに現在の確認と衣食住の確保を優先した方がいいだろう。

 周囲から存在が浮いていれば、不審がられる。何処に黒幕の配下たちが潜んでいるかは分からない。『餌』として黒幕を誘き出すにしても、舞台を整えなくてはリベリーナの証拠品を取り上げられて終わるだけだ。勝負にならなければ意味がない。

 だから周囲に溶け込み情報収集をしつつ、『餌』として黒幕を誘き出す算段をつける。勿論、第二王子の部下たちにも見つかることなく計画を進めるしかない。


「風……?」


 不意に前方から吹いた風が髪を揺らした。空気を換気させる為か、出口からの風かは変わらない。出口ならば上々だ。そのまま歩みを進める。


「行き止まりか……」


 風を頼りに進んでいくと、突き当たりに行きついた。


 壁を触るが隠し扉を開けるような仕掛けは見つからない。何時の間にか風も止んでしまい、出口が此処で合っているかも分からない状況である。そもそも出口が開いて風が吹いたのならば、誰かがこの秘密の抜け道に足を踏み入れたということだ。その可能性が高い人物は第二王子の部下だろう。だが、秘密の抜け道は狭い一本道であり、遭難すれば嫌でも分かる。それが起きていないということは、先程吹いていた風は出口からのものではない。この秘密の抜け道を維持する為の換気口からの風だと考えるべきだ。


「如何するかな」


 もう一度、風を追うことも可能である。だが秘密の抜け道の換気口を見付けたとしても、そこから出ることは粗不可能だろう。秘密の抜け道は存在自体が秘密である。その換気口となれば、厳重に隠され簡単に出入りは出来ないように設計と管理がされている筈だ。出ることが出来ないと分かっている出口を探す程、無駄なことをする気にはなれない。

 加えて、換気口から出ることが出来たとしても俺が誰かに発見されたことにより、この秘密の抜け道の存在が周知のものとされるのは避けねばならないのだ。情報が漏洩した建物は破棄される。秘密の抜け道は秘密だからこそ価値があるのだ。俺の所為で屋敷を破棄させるなど出来るわけがない。

 万が一、屋敷の請求書が俺に渡された場合。実家の領地が三分の一程に減る可能性がある。王族所有の屋敷など、基礎・骨組や関わった全てが一級品だろう。建設費用など考えたくもない。もしかすると、実家が消える可能もあるのだ。絶対に見つかってはいけない。


「何処かに……っ!?」


 立っていた場所から、少し踏み込むと不意に右足が沈む。突然のことにバランスを崩した俺は壁に手を付こうとするが、伸ばした手は空を切る。


「なっ!?」


 そして支えを失った俺の身体は、眩い光の中へと放り出された。




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