第三十五話 新天地②
「さてと……探索でもするか」
『餌』として黒幕と対峙する為にも、現在位置を把握する必要がある。靴を履きベッドから立ち上がり、明るい部屋を見回すと調度品が一切ないことに気が付く。四十畳程の広い空間に一つの扉とベッド、イスとサイドテーブルがあるだけだ。そのテーブルの上には水差しと、果物とパンが入った籠が置かれている。生活感の無い部屋だが、代わりに壁の装飾やカーテンの生地は華美なものだ。床材は木であるが重厚感のある貴重な木材が使われる。
つまりこの場所を使用する人物はかなり高貴な身分の者であることが分かる。俺をこの場に連れてきたのは第二王子ならば、この部屋は彼の所有する部屋の一つだろう。だが第二王子の保有する部屋にしては調度品が無いことが気になる。王族故に有事の際に使用する部屋だとしても、殺風景だ。まるで、急ごしらえで最低限の生活環境を整えたかのようである。
「外は……森か……」
黒幕の配下や第二王子の部下達に建物の外から監視されている可能性がある為、慎重に窓へと近付く。細やかな技法で編まれたレースのカーテンの隙間から外を確認する。何かこの場所が分かる建物が見えれば良いと期待をしたが、そこに広がっていたのは森だった。一面広大な森と青い空だけが広がっている。唯一、分かることは一階の低層階に自身がいるのではなく、二階以上の建物に居ることだ。
「暖炉は使えるが……薪は無いな」
外からの情報が乏しいことを残念に思いながら、次に一つだけ生活感を与える物は暖炉へと向かう。暖炉の前に屈み暖炉内を調べる。綺麗に掃除され、使用出来るようだ。だが、着火剤や薪は無い。単純に用意し忘れたか、もしくは暖炉を使用させない為に意図的に用意をしなかったのだろう。そこから分かることは、この場所を使用する人物が居るということ知られたくないからだ。そう考えると、この場所は普段誰も使用していない部屋ということになる。王族が所有している物件や部屋なんて知られているものから、秘密な部屋も多く存在するだろう。地方男爵家の三男坊の俺になんて検討がつくわけがない。
「……あ……」
この部屋の手掛かりを掴もうと、天井や壁を眺めていると俺の腹が情けない音を立てた。昨晩の卒業パーティーでは何も口にしていない。第二王子からの提供の睡眠薬を飲んだだけである。つまり昨日の昼食から何も口にしていないことに気が付いた。
「……いただきます」
テーブルに置かれた水差しからグラスに水を注ぎ飲む。冷たい水が心地よく喉を潤す。予想以上に喉が渇いていたようだ。次に林檎を一つ手に取り口に含む。歯ごたえがあり、みずみずしく甘い蜜が口の中に広がる。更にパンを一口大に千切りながら食す。柔らかく小麦の味を感じる。
「誰か定期的に来ているのか……」
新鮮な水や林檎にパンが用意されていることから、誰かがこの部屋を定期的に訪れていたことが分かる。俺が昨晩眠り、現在が昼頃だとしても昨晩中に用意された物では鮮度は落ちのだ。しかし水や林檎は勿論、パンは香ばしく柔らかい。つまり焼き立てを提供されたということだ。俺がこの場所に収容された後に、飲食物を何者かが届けたということになる。
「訊いて見るか?」
俺の状況やこの場所、第二王子の考えなどを知るにはその何者に訊ねるのが一番早い。だが、その人物が第二王子の忠実な者であった場合答えない可能性がある。更に言えば、逆に俺の『餌』として黒幕を釣ろうとしている計画が悟られる心配もあるのだ。第二王子にそのことを報告されれば、確実に止められるだろう。それは御免こうむりたい。ならば第二王子の部下との遭遇も回避するべきだ。
第二王子の部下が何処から監視しているかと思ったが、誰もこの部屋を訪れない。考えられるのは、俺が起きているのは分かっているがわざと干渉してこない場合。もう一つは監視役の人員を、俺に割り当てる余裕がない状況である場合である。
馬車での短い時間であったが俺の性格を知った第二王子であれば、説明役の一人でも使いを出す筈である。しかしそれが無いということは、余裕がないのだろう。
「分からないことが多すぎるな……」
兎に角、情報が少なすぎるというのが正直な感想だ。第二王子達の状況は分からないが、一晩で事態が好転するとは思えない。俺に飲食物が与えられ隠されているということは、未だに黒幕を確保できていないということである。黒幕が手強い相手であると予想される為、捕らえるまで長期戦になることも考慮するべきだ。
「何か見つかるといいが……」
現在居る部屋での情報収集は終えた為、次に唯一の扉へと向かう。この扉が外に繋がるならば話は簡単だが、第二王子のことだ。そんなに簡単に探索出来るようにしているとも思えない。しかし行動しないことには現状を打開出来ないのも事実である。俺は静かに扉のノブを握った。