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第三十四話 新天地①

 

「……っ……」


 沈んでいた意識が急速に引き上げられ、瞼を開くと知らない天井が広がっていた。正確に言えば、天井というよりは天蓋を見上げている。部屋が明るく照らされていることから、今の時間は日が高いことが分かる。俺は随分と寝ていたようだ。


「確かに毒は入っていなかったな……」


 ゆっくり体を起こし、四肢の動きを確認する。少し怠さが残るが、動けない程ではない。


 第二王子殿下は確かに、噓をつかないという約束を守った。但し、あの小瓶の中身は毒ではなく睡眠薬だっただけである。俺が質問を出来る回数が限られている為、『毒ではない、他の薬が入っていますか?』という質問をされる心配が無いと確信していたのだ。だから敢えて自ら『毒なんて入っていませんよ?』という発言をしたのである。要するに俺は、完全に第二王子の良いように転がされたのだ。


「さてと……」


 俺の服装は意識を失う前のスーツ姿のままであった。上着と鞄はベッドサイドの椅子の上に置かれている。試しに持ち物を確認すると、童話の本だけが上着の胸ポケットに残されていた。『鍵の貸出名簿』と『寮と校舎の縮尺地図』は無くなっている。

 確実に証拠品として第二王子が回収したのは明らかだ。証拠品を質問の対価として回収するのは当然のことである。そういう約束であった。だから第二王子が証拠品を回収したことに不満はない。いずれにせよ証拠品の提出は行われるべきであった。


「一体何がしたいのか……」


 俺を混乱させているのは、『リベリーナが借りた童話の本』が俺の手元に残されていることにある。態々上着を脱がせておいて、胸ポケットに仕舞った『リベリーナが借りた童話の本』を見落とすわけがない。俺は第二王子に対して質問を三回している。そしてそれに対して第二王子は三回返答しているのだ。つまり三回目の質問の対価として、第二王子には『リベリーナが借りた童話の本』を回収する権利がある。


 しかし、第二王子はそれを敢えて行わなかった。


 そこから考えられることは、二つある。一つ目は第二王子が黒幕に敗北した場合の緊急事態に対応する材料とする為だ。王族である第二王子を陥れることが出来る人物ならば、ありとあらゆる手段を講じてくる筈である。既に提出した証拠品は改竄され、第二王子が回収した証拠品も処分される恐れがあるのだ。そして黒幕はリベリーナの無実を証明する証拠品を隠滅し、高々と彼女を断罪する可能性がある。それに対抗するための切り札として『リベリーナが借りた童話の本』を俺に残したという仮説だ。この説は一番有力であると思われる。  

 何故ならば、第二王子の去り際に放った言葉を再度考えてみれば自ずと分かるのだ。『クライン先輩には此処で舞台を降りてもらいます』という言葉は、一見すると今生の別れを意味する言葉に聞こえる。だが俺は現在生存しており、拘束もされていない。つまり第二王子が俺に放った言葉の意味は『黒幕との戦の舞台から撤退し、証拠品を保管していろ』ということだろう。

 優秀な第二王子のことだ。黒幕の配下が見張っている可能性がある中で、全ての証拠品を持ち帰るという愚行は犯さないだろう。あくまで俺に託された証拠品は保険ということになる。

 卒業パーティーでの件もそうだが、俺という存在が第二王子にとっては誤算だ。彼は俺が居なくともリベリーナを助けたことだろう。現に国王と宰相を卒業パーティーに連れ出して、元王太子の悪行を見せる算段をつけていたのだ。この国の王子としても、黒幕へ引導を渡すのは自身の手で行いたいのだろう。

 要するに、勝手に事態を引っ搔き回すイレギュラーな存在を隔離したいということである。折角立てた綿密な計画も、俺というイレギュラーな存在に介入されれば崩壊するに間違いない。第二王子は今回の件でそのことを痛感したのだろう。『証拠品の保管係』という役を与えられただけ、良かったと思うしかないのだ。


「正直こちらの方が向いているな……」


 そして、もう一つの考えが『囮役』である。黒幕をおびき出す『餌』としての『囮役』だ。自分で言うのも難であるが、俺以上に黒幕が喰いつく『餌』はないだろう。

 黒幕にとって俺はリベリーナの断罪を邪魔した人物である。そんな人物がリベリーナの無実を証明する最後の証拠品を持っているとなれば、消そうと血眼になりながら探すだろう。黒幕にとっては断罪タイムの邪魔者と、面倒な証拠品を一度に処分することが出来るのだ。動かない手はない。

 だがこれは意図的に俺が都合の良い『餌』であると、噂を流してくれる人物が居ないと成り立たない。俺がこの場所に居ることは知るのは、第二王子とその側近達だろう。あの第二王子が側におくということは口が固い者達であることは分かる。側近達が軽率な行動をする者達でないならば、第二王子自身に噂を流してもらうしかない。

 だが、『クライン先輩には此処で舞台を降りてもらいます』という言葉を彼は残している。噓はつかないという約束がある以上、第二王子が俺を『餌』として利用する考えは低いだろう。『黒幕との戦の舞台から撤退し、証拠品を保管していろ』という一つ目の考えの方が正しいということになる。

 俺としては『囮役』でも『餌』でも、リベリーナを守るのに役立つのならば使ってもらって一向に構わない。地方男爵家の三男坊の俺に出来ることは既に終えている。黒幕は愚者とはいえ、元王太子と子爵令嬢を手駒にしていた。それだけの地位と権力者であることは分かる。用心深く使えるものは、舞台を降りた『餌』でも利用するべきだ。

 更に言えば、『証拠品の保管係』として安全な場所で待機しているなど、俺の性に合わない。配慮してくれた第二王子には悪いが、リベリーナを貶めようとした黒幕を吊るし上げたいのだ。別れ際に見た彼の瞳を思い出すと、勝手な行動をするなと釘を刺されているように感じる。勿論、彼の計画を阻む気はない。

 しかし自身は姿を現さずに、他人を操りリベリーナを断罪しようとしたその性根が気に入らない。『餌』である俺を処分しに来た黒幕を暴き、深い絶望へと突き落としたいのだ。


「ふふっ……」


 黒幕を追い詰める想像をすると、笑い声が口から漏れた。


 俺は性格が悪いのだ。



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