第三十二話 第二王子⑧
「少し休憩しましょうか」
「……え……いや……」
第二王子の突然の提案に、俺の反応が遅れる。前世の記憶については今まで何も気にしていなかったが、この様な形で弊害となるとは思わなかった。彼からの提案を断ろうとしたがその間に、第二王子は隣の座席に置いてあった小さなトランクを開けた。
「卒業パーティーが始まってから、クライン先輩は何も口にされていませんよね? 水分補給をした方がいいのでは?」
「…………」
小さなトランクの中には、コルク栓がされた小瓶とクッキーが並んでいた。如何やら軽食用のトランクだったようだ。指摘を受け喉の渇きを覚えた。
第二王子が言うように、確かに俺は卒業パーティーが始まってから何も口にしていない。大広間には軽食コーナーがあったが、リベリーナの断罪タイムに介入する予定があり、極度の緊張から食欲がなかった。俺の卒業パーティーでの行動を知っているということは、控え室で彼らが待機していたのはかなり前からのようである。
「毒なんて入っていませんよ?」
「…………」
俺が何も反応を返さないでいると、彼はトランクから小瓶を一つ取り出し揺らした。薄暗い馬車の中では液体の正確な色は分からない。だが透明度が高い液体が小瓶の中で揺れる。
毒の心配はしていない。先程、第二王子は『親友』に誓って噓はつかないと約束をした。つまり小瓶には毒は入っていないのだ。喉も渇いている。だが、大人しく彼の言う通りに動くのは少し癪に触るのだ。
「……分かりました。私が飲みます」
再び俺が黙っていると、第二王子は短く溜息を吐いた。そして彼は手にしていた小瓶の栓を抜いた。そして徐に自身の口に含んだ。
「ほらね? 毒なんて入っていませんよ?」
小瓶の中身を最後まで飲み終えた第二王子が俺に笑いかけた。その笑みには『此処までしたのだから、さっさと飲め』という言葉が隠れているのを感じる。
特段、毒が入っているとは疑っていないが、毒見の真似をさせてしまったことは体裁が悪い。例えそれが頼んでいない上に、第二王子自身が勝手にしたことでも毒見を勤めたのは事実である。このまま断ることは出来ない。
「……頂きます」
観念した俺は、仕方なく了承する旨を口にした。
「それは良かったです。どれでも、お好きな物を選んでください」
俺の返事に気をよくした第二王子がトランクを差し出す。彼が口にしたような小瓶が五本並んでいた。俺はこの中から一本を選ばなくてはならない。前列には第二王子が飲んで空いたスペースが、右の一番右側にある。
何か進められた際には自分に近い、手前側から物を取るのがマナーだ。それは前世と変わらないのだが、そうなると前列の二本のどちらかになる。通常ならば第二王子が選んだ隣の小瓶を取るのが正解だ。だが俺は性格が悪い。
「これにします」
一つの小瓶を手に取る。それは第二王子が手にした対角線上にある小瓶だ。
「どうぞ、お飲みください」
マナー違反であるが、此処にはそれを咎める者は居ない。唯一、注意することの出来る第二王子が黙認している辺り気にするだけ無駄なようである。
「ありがとうございます」
第二王子に促され、コルク栓を抜くと口に含んだ。香りは特になく、少し甘く感じるが飲みやすい液体である。流石は王族に用意された飲み物だ。思いの外、自身の喉は渇いていたようである。毒の心配も考えていなくて良いから、一気に小瓶の中身を飲み干した。
「お口に合ったようで良かったです」
「お気遣いいただきありがとうございます」
俺の飲む姿を見て、第二王子は微笑を浮かべた。この小瓶たちは、第二王子に用意された軽食セットだったのだろう。図らずともそれを分けて貰ったのだ。俺は彼の気遣いに感謝を述べる。
「いえいえ、お気になさらず。そうだ、最後の質問は何にしますか? クライン先輩」
第二王子は明日の天気について話すように、話しを振る。彼とは逆に俺は緊張する。最後の質問は初めから決めていた。
「マルセイ第二王子殿下は、リベリーナ様を如何お思いなのですか?」
俺は一番聞きたかったことを口にした。
 




