第三十一話 第二王子⑦
「……はあぁぁ……分かりました。私の負けです」
深いため息を吐くと、第二王子は両手を上げた。その行動から降参と捉えて良いと思えるが、相手は策士の第二王子だ。安易に信じて良いものかと思案するが、俺には質問をすることは出来ない。俺が質問をすることが出来るのは、あと一回だけなのだ。
「正直に申し上げて、拍子抜けしております」
俺は現状の感想を口にした。散々警告をしながら剣の存在を強調し、脅しか如何か問いかけた割には引き際が良すぎるのだ。第二王子が引かなければ、俺は剣の錆にされたことだろう。だがこれで剣については、只の脅しであることが証明された。
「……クライン先輩は相当な頑固者だと認識を改めました」
「いえ、私など殿下と比べれば許容範囲内だと存じます」
第二王子が軽く頭を押さえながら、俺への嫌味を口にする。嫌味を包み隠さず、率直に伝えてくる辺り相当お怒りのようだ。それはお互い様である。第二王子は剣の存在まで使い、脅してきたのだ。俺は嫌味を丁寧に包んで送り返した。俺の人畜無害の笑みのおまけ付きである。
「……先程の私の行動に対して非礼をお詫びいたします。しかし……恐怖心はなかったのですか?」
居住まいを正すと、目の前の男は謝罪をした。短い時間だが彼との会話から誠実であるということは分かっていたが、その対象が自身になると受け入れ難いものがある。俺は性格が悪い為、言い争っている方が性に合っているのだ。
「いえ、全くもってありませんでした。殿下からは殺意を感じませんでしたの……で……?」
第二王子の質問にはっきりと答える。あんな見え見えの脅しに応じるわけがない。第二王子からは殺意が感じられなかった。だが、不意に言葉に詰まる。
何故、俺は『殺意』の有無を感じることが出来たのだろうか?
前世で俺は平和な国の現代人だった。争い事が絶えない環境で生活をしていたのならば、『殺意』に対して感じとることが出来てもおかしくはない。だが平和な現代人が『殺意』に遭遇することの方が珍しいのだ。何故、俺はそれを知っているのだろうか?
俺は前世の終わりに関しての記憶がない。友人やゲームの記憶はあるが、何歳まで生きたか覚えていないのだ。今まで大して気にはしていなかったが、改めて考えると釈然としない。
「クライン先輩?」
「……あ、いえ。すいません」
不自然に言葉を止めた俺に第二王子が声をかける。
「大丈夫ですか?」
「はい、お話しの途中でしたね……申し訳ございません」
怪訝そうな顔をする彼に、短く謝罪を口にする。何故、このタイミングで前世の事が気になるのか分からない。リベリーナを窮地から救うことが出来たのだから、何も気にする要素は無い筈である。




