第三話 反撃開始
「では、はじめに……『リベリーナ様がイリーナ様を階段から突き落とす所を見た』ということですが、間違いありませんか?」
「あ、嗚呼! もちろんだ! 俺がこの目でしっかりと見た!!」
リベリーナの冤罪を照明する舞台は整った。先ずは『リベリーナ、イリーナを階段から突き落とす事件』の解決からである。
俺はルイズ王太子が用意した証人の男へと話を振る。彼はルロ・スケル。同じ卒業生であり、王太子とイリーナを妄信的に崇拝する信者の一人だ。そんな者が証言者など笑わせてくれる。イーリスに優位な証言しかしないだろう。男の自信に満ちた回答に思わず吹き出しそうになる。
俺はゲームの知識がある為、この事件と証言が噓であることを知っている。リベリーナを断罪する為の噓の証言だというのに、何故こうも自信があるのかその根拠が分からない。きっと自分以外には証言者が居ないという状況故に、王太子とイリーナへ恩を売ることが出来る大役に任命され酔いしれているのだ。
愚かな男だ。
「それは何処で何時のことですか?」
「旧校舎だ! えっと……あれは……そ、そうだ、半年前の放課後だ!」
「旧校舎のどの階段ですか? 日時も具体的にお願いします」
「あ!? そんなの如何だっていいじゃないか! リベリーナ様がイリーナ様を突き落としたのを俺は見た! それでいいじゃないか!」
基本的な確認をすると、予想以上に雑な回答に頭が痛くなるのを感じる。こんな証言者の所為で、リベリーナが窮地に追い込まれる要因となったと考えるだけで腸が煮え繰り返りそうになる。しかしここで千載一遇のチャンスを無駄にするわけにはいかない。
両手を強く握り、怒りを誤魔化すとスケルに向き直る。
「スケルさん……いいですか? これはルイズ王太子殿下。イリーナ・フォロン子爵令嬢の将来の為でもあるのです。もう一度言います。旧校舎のどの階段ですか? 日時も具体的にお願いします」
「……っ、旧校舎の……ち、中央階段だ! あのデッカイ階段! それで……放課後で夕方だ……。えっと……そうだ! 丁度、鐘が鳴ったのを覚えている! 16時の鐘だ! だから……6月の最後の日だ! 間違いない!」
ゆっくり、男の名を呼ぶ。そして彼の執着している二人の名前を出す。崇め奉る王太子とイリーナの為だと言えば、男は考えながらも言葉を重ねていく。この男は実に操りやすい。だからイリーナもリベリーナを陥れる駒として利用したのだ。だが頭の出来は良くない。
「その発言に間違いはありませんか?」
「くどいぞ! ない! 俺はしっかりと覚えている!」
再度確認を取る。元気な返事に俺は笑みを返す。その元気があと何分持つだろう。こちらは鬱憤が溜まっているのだ。簡単に戦闘不能にならないでくれ。己が犯した罪を痛い程、理解してくれないと消化不良になってしまう。
「ありがとうございます。では……旧校舎への立ち入りは禁止されているのはご存知でしょう? 何故貴方はその場に居合わせたのですか?」
「……っ、えっと……あ! あれだ! リベリーナ様とイリーナ様が旧校舎に歩いて行くのを見えたから、心配で後からついて行った! イリーナ様は普段からリベリーナ様から嫌がらせを受けていると仰っていたからな!」
俺から想定外の質問にスケルは目を見開いた後に、目を泳がせた。そして取り繕うように噓を重ねた。
「では……旧校舎の鍵はリベリーナ様かイリーナ様がお持ちに? 可笑しいですね? 旧校舎は老朽化により立ち入り禁止。立ち入るには、教員の方からの許可と鍵が必要になります」
「そ……それは……あれだ! 旧校舎の窓ガラスが壊れていて……そこから中に入ったのを忘れていた!」
「スケルさんならそれは分かりますが、リベリーナ様とイリーナ様がそのような行動をすると?」
「お、俺が……窓から入ってドアを開けて、お二人を旧校舎の中に入れた! これなら何も変じゃないだろう!?」
教員の許可や鍵の存在を追及すると、男は焦り始める。おざなりな言い訳が通用すると思っているのだろうか。
「変ですよ」
「……は?」
俺は人畜無害の笑みを浮かべながら、男の発言を否定する。男は俺の発言に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「だって……この鍵の貸出名簿には、貴方の名前が書かれているのですから。壊れた窓から入る必要はありませんよね?」
「……っ……それは……」
俺はスーツの胸ポケットから貸し出し名簿を取り出し、ページをめくる。そして彼の名前が書かれた欄を、周囲の人間達にも見えるように指差す。
「嗚呼、これは先生から許可を得て借りてきました。 気になることがありましたので……あれ? でも鍵の貸出時刻は16時ですね? スケルさんが目撃したという、リベリーナ様がイリーナ様を突き落としたという時刻に鍵を借りているのは可笑しいですよね? だって……その時は誰も旧校舎に入れていないのですから」
「……あ……」
鍵の貸出名簿が偽物であると言われては元も子もない為、周囲に名簿を貸してくれた教員を探す。すると俺の意図を汲んだ彼は頷いてくれた。
安心をしてスケルを追い詰める。
「スケルさん。貴方は何の為にこの日、この時間に旧校舎の鍵を借りたのですか?」
「そ……それは……あ、あれだ! リベリーナ様に頼まれて!」
手をあげなかった俺は偉い。この期に及んで未だにリベリーナを悪役に仕立て上げたいようだ。宜しいならば大衆の面前で、如何に噓の証言が浅はかで愚かな行為であるのかをやさしく説いてやる。
「貴方は『リベリーナ様がイリーナ様を突き落としたのを目撃した』と証言していましたよね? 借りにリベリーナ様がそんなことをなさるのに、何故貴方という目撃者を作り鍵まで借りて来させるのですか?」
「……っ!」
「もっと、貴方に自然に頼み事が出来て、スケルさんにとって利益になる方から頼まれたのでは?」
「……っ、そ、それは……」
俺の追及から、思わずスケルの視線がヒロインのイリーナへと向かう。
前言撤回であるスケルは愚かな男ではない。駄犬である。




