第二十八話 第二王子④
「ええ、そうですよ」
「……っ!」
明日の天気を告げるかのように、第二王子は俺の質問を認めた。
大広間で元王太子や国王の前で口にした話とは内容が異なるが、それを隠す気は無いようだ。あの場では国王や宰相を連れて来た理由を『卒業パーティーで兄上の晴れ舞台を父上達にご覧いただこうとしただけ』と言っていたが、それは本当に建前上であった。
そのことは元王太子に対して『サプライスプレゼントはお楽しみいただけましたか?』と言っていたことから分かる。彼の言う『サプライズ』とは、単に国王に元王太子の卒業パーティーを祝わせるのではなく、『王太子』の任を解かせ投獄することだ。
卒業パーティーで何をするか事前に分かっていたということは、第二王子は俺と同じく転生者でありゲームの知識を有する可能性が高い。だが此処で質問を重ねるのは愚策である。俺が質問することが出来る回数はあと二回だけだ。大切な証拠品を無駄に消費するわけにはいかない。
何故兄である元王太子を投獄させる動きをしたのか、何故卒業パーティーで元王太子がする行いを事前に知っていたのか、質問したくなるが両手を強く握り衝動を抑える。
「普通の人間ならば『何故?』と口にするところですが、クライン先輩は実に分かっていらっしゃる」
「そういう取り決めですから」
何故か楽しそうに笑う第二王子。何処に笑う要素があるのか、彼の思考が分からない。試されていることは確かだろう。これは第二王子の気紛れで成り立っている交渉である。軽率な行動は交渉決裂を意味するのだ。
「まあ、その誠意ある態度に私もお応えしますよ。国王陛下には元王太子の悪行の報告を誤魔化していたようですが、学園での元王太子の行動は目に余るものがありました。私から陛下に伝えるという手もありましたが、学園内で不穏な動きをする学生達が多く見かけ卒業パーティーで『何』を行うのか知りました。だから……陛下に真実を見せることにしたという経緯ですよ」
「……そうですか」
不意に第二王子は俺が疑問に思ったことを淡々と説明し始めた。彼の気分が良いからなのかは分からないが、大変助かるが不思議でしかない。第二王子は俺の態度に対してだと言っているが、裏があるのではと勘ぐってしまう。
国王も元王太子の悪行に関しては知らなかったと言っていたことから、その件に関しては本当のことを言っているだろう。だが卒業パーティーで『何』を行うか知った経緯と時期については、第二王子が本当のことを言っているかは判断出来ない。
今更ならが、この交渉は俺には大変不利である。
俺は証拠品を対価に質問をすることが出来るが、第二王子が本当のことを言う確証はないのだ。つまり第二王子殿下は噓でも質問に答えさえすれば、俺から証拠品を全て集めることが出来るのだ。更に、俺が『本当のことを言っていませんね?』と彼の答えに質問をすれば、それは質問の数に数えられる。全くもって第二王子に有利な状況だ。
本来ならば交渉をする前に『質問には本当のことを答える』という約束をさせるべきだった。だが彼が第二王子という立場であること、リベリーナのアリバイを証明したことなどを踏まえて敢えて申し出なかったのだ。更に言えば、一筋縄ではいかぬところがある人物を連想させた。
それらが重なり信用したいという気持ちが、『質問には本当のことを答える』という約束をさせなかったのである。俺は個人的な気持ちにより、リベリーナの証拠品をかけた交渉で失策を犯したのだ。
全ては言い訳にしかならないが、第二王子相手でなければこのようなことにはならなかった。彼を相手にすると調子が狂って仕方がない。
「納得出来ないという顔ですね?」
「っ?!」
俺の考えを見透かしたような言葉に肩が跳ねた。
「……では、これからは貴方には噓をつかないと約束します。私の親友に誓ってね」
「え?」
第二王子からの突然の申し出に俺は困惑の声を上げた。
その申し出は第二王子にとって、この有利な状況を崩すことになるのだ。何故そのようなことを言い出したのか分からない。考えられるのは二つある。第二王子にとって俺が『人畜無害なモブ』であると認識されたか、俺に対して噓で答える必要が無くなったということだ。
『人畜無害』だと信用されたならば良い。しかし問題なのは『噓』で答える必要がなくなったのが信用されたからではなく、『噓』で答えなければならない質問を一つ目で終えている場合である。
『これから』ということは、一つ目の質問には『噓』が含まれていたことになる。逆に言えばそれ以外の質問には『噓』をつくほどの価値がないということだ。加えて俺が『本当のことを言っていませんね?』という質問返しをしないということを事前に確認済みであることからも、一つ目の質問には確実に『噓』が混ぜられている。
今後は『噓』をつかないことから、一つ目の質問を再度することも可能性だ。そうすれば何が『噓』かが分かる。だがこの男は、俺がその質問をしないということを確信しているように見受けられるのだ。まるで踏み込んで来るなと無言の圧を感じる。勿論、相手に予想されている質問を返す気はない。
それにしても『親友』という新たな人物の登場に頭が更に痛い。
第二王子に『親友』が居るなど初耳である。そもそも第二王子自体の情報が少ないのだ。交友関係も、モブの俺が知るわけがない。その『親友』がどんな人物で、何処の誰かは分からないのだ。だが第二王子が『噓をつかないと約束した』というのならば、その『親友』という存在は有り難い。
「では……次の質問をどうぞ?」
穏やかに第二王子は次の質問を促す。
次の質問で二つ目である。ここからは『噓』をつかないらしいが、『噓』をつく必要がないからだ。態々そんな宣言をするのかは分からない。だが、ある意味第二王子には潔いと言える。知られたくない情報はあるが、牽制し確認をしているのだ。悪党ならばこのような潔い手段は取らないだろう。
ましてはリベリーナを陥れようとした黒幕では有り得ない。これまでのことから見えても、第二王子は黒幕ではないということが分かる。彼が本当に黒幕ならば、俺が介入出来る余地などない完璧な断罪計画が実行されただろう。
第二王子が黒幕ではないことは分かったが、ここからの質問の傾向について考える。一つ目の質問と同じ質問をすることは可能だが、第二王子が安易に許すとは限らない。第二王子の圧力に臆することなく質問を強制することも勿論、可能性だ。だが黒幕ではないと分かったならば、これ以上の詮索は意味を成さない。此処で質問を止めることも可能である。
黒幕でないならば、知恵者である彼に証拠品を渡すのが一番安全だろう。それは分かっているが、単に証拠品を渡すことも出来ない。
「女性当主について、殿下のお考えをお聞かせください」
彼にとって、予想外であろう質問を口にした。




