第二十七話 第二王子③
「勿論。クライン先輩がお持ちの証拠品の数だけ質問に答えますよ」
「ありがとうございます」
快諾され少しだけ拍子抜けする。第二王子に対して地方男爵家の三男坊が提案をするなど、一蹴されても仕方がない状況である。黒幕の配下が証拠品を追っているが、第二王子の手の届く範囲内にあることの余裕なのかもしれない。だが、俺としては有り難いことだ。
「でも意外ですね」
「……?」
馬車が着くまで15分ぐらいだろう。その間に第二王子が信用に足る人物か如何か見極めなくはならない何から質問をするかと考えようとすれば、第二王子が不意に口を開いた。『意外』とは如何いう意味だろう。俺にとっては目の前の男自体が『意外』そのものである。
「先輩は私に訊きたいことが沢山あるようですから、ネームプレートとロッカーやイリーナの手の平についての証拠も数に数えるように提案するのかと思っていました」
彼が言う『意外』が何かと言えば、大広間に残してきた証拠品についてである。確かにそれらの証拠品も数に入れれば、俺の選択肢が広がり第二王子が信用に値する人物か見極めることが楽になるだろう。だがそうすることが出来ない理由があるのだ。
「流石にそれはありません。ネームプレートは改竄が可能性であり、彼女の手の平は一週間も経てば薄くなるでしょう。殿下に質問をする対価として、それらは確実な証拠としては不十分だと判断致しました。……加えて既に押収されているものを、対価として数えるのは烏滸がましいかと思います」
ネームプレートとロッカーは物証ではあるが、国王や宰相が管理したとしても改竄される心配がある。イリーナの手の平に関しては一週間も過ごせば色が薄まるだろう。その間に色が落ちないように保護すれば、少しは持つかもしれない。だが消える可能性が高い証拠品は価値があるとは思えない。
ましては第二王子殿下への質問である。不確かなものを対価にするわけにはいかない。それに既に国王や宰相がネームプレートやロッカーを押収し、イリーナの身柄も確保されている。俺が質問をする対価として出せるのは、俺が持っている証拠品だけだ。
厚意に甘えるのは時として必要だが、線引きはしっかりとしなくてはならない。自分の立場を自覚しなければ、元王太子やイリーナと愉快な仲間たちという『愚者』たちに成りえるのだ。この質問が成り立っているのは、第二王子の気紛れである。その気持ちが変われば俺を切り捨て、証拠品を奪うことも簡単なのだ。
だが媚びる気は一切ない。地方男爵家の三男坊であり、絶縁状も送付済みな俺に恐れるものはないのだ。俺は第二王子の顔を正面から見据える。
「大広間で国王陛下への『望み』も、『望み』の数を増やすという『望み』も選択出来たのでは?」
「いえ。私が行ったことに対して一つの『望み』でも充分過ぎます。それに国王陛下のご高配を賜りましたこと深く感謝しております」
何故か大広間での『望み』について言及される。確かに『望み』の数を増やす『望み』というのは、誰もが思い付き効率的な考えだ。しかしそれは許可されてはいけない。『望み』の数を増やせばそれだけ欲が出て、限りがないのが人の欲だ。故に『望み』の数は限定されるべきである。それが叶える側と叶えてもらう側、双方の為だ。
「……成程。クライン先輩は奇特な人ですね」
「いえ……私は……」
第二王子は穏やかな笑顔を浮かべた。普通のことを話しただけなのだが、何故その反応をされるのか分からない。一見皮肉かと身構えるが彼の言葉に棘はない為、より困惑する。この第二王子の思考が分からない。これでは元王太子とイリーナと愉快な仲間たちを相手にしている方が楽だった。彼らの思考は単純だったからだ。
色々と質問をしてくる辺り、もしかすると第二王子は俺の人となりを確認したいのかもしれない。第二王子からすれば俺はモブであり、リベリーナの断罪タイムに都合よく現れた怪しい人物ということになる。客観的に見れば、俺の登場は余りにもリベリーナにとって都合が良すぎるのだ。
元王太子とイリーナと愉快な仲間たちの断罪を回避出来るほどの証拠品の提示をモブの俺がしたのだ。裏があるのではと考えるのが普通である。俺が逆の立場であれば、何かあるのではと確実に疑う。これがリベリーナの親族や親しい間柄ならば納得させることが出来るが、クラスが一緒だっただけの地方男爵家の三男坊では説得力が無さ過ぎるのだ。
故に国王や宰相が感謝の印として『望み』の提案をしたこと。怪しい人物である俺に対して、二人の対応は寛大だったと言えるだろう。
つまり第二王子は俺と同じくように、信用に足る人物か如何か見極めようとしているのだ。これは一見すると穏やかな空気が流れているように見えるが、その実は腹の探り合いである。
腹を割って話すことが出来ればどんなにか楽だろう。
俺が不審者扱いされるのは致し方無い。自身が転生者であることや、この世界をゲームで知っていたこと。ゲーム内の知識があり、リベリーナが断罪されることを知っていたから、助けることが出来たと説明することが出来ればどんなにか楽である。
だが、この世界には魔法は存在しない。そんな世界で転生やゲームの話をすれば、精神面を心配されるだろう。リベリーナの無実を証明する証拠を集めたのは俺である。その当人の精神が正常ではないとなれば、証拠品に関しても疑われ兼ねない。
第二王子が信用に足る人物ならば、俺が人畜無害なモブであり善意でリベリーナの無実を証明したと説明しなければならない。逆に第二王子が信用に足らない人物と判断した場合は、証拠品を渡さずにこの状況から脱して国王や宰相に証拠品届けなければならない。
全ては目の前に座する人物が、信用に足る人物か如何かで対応が変わる。だがその見極めに質問を重ね過ぎるのは悪手になるのだ。大切な証拠を信用出来ない人物に全て渡しては、断罪タイムに介入した意味がない。リベリーナの無実が揺らぐことは許されないのだ。
どちらにしても癖のある第二王子を見極めないと判断し兼ねる。
「さて、では先ずは『鍵の貸出名簿』の分の質問をどうぞ?」
第二王子は涼しい顔をしたまま、一つ目の『鍵の貸出名簿』分の質問を促す。俺は考えることが多くて頭が痛いというのに、余裕で構える第二王子に苛立ちを覚える。加えて一筋縄ではいかないところが、ある人物を連想させ眉間に皺が寄るのを感じた。
「……第二王子殿下は元王太子殿下が卒業パーティーで何をするのか知っていたから、あの場に国王陛下と宰相閣下をお連れしましたね?」
証拠品を無駄に質問の対価として提示するわけにはいかない。俺は核心を突くことで第二王子を見極めることにした。




