第二十五話 第二王子①
「はぁ……急がないと」
一世一代の大事を終える余韻に浸ることもなく、俺は大広間を出て学園の門へと足早に駆ける。廊下に隠しておいた使い古した旅行鞄を抱え直す。今着ているスーツと、この鞄の中身が俺の全財産である。
モブの俺に出来ることは全て終えた。後は国王や宰相、リベリーナ自身の判断に任せるしかない。リベリーナの無実を証明した証拠のある物を提示することなくて済んだことに少しだけ安堵する。如何やら保険をかけすぎたようだ。使わなくて済んだのならば、それはそれで良い。
噂話が広まるのは早い。明日になれば王都は卒業パーティーでの出来事で持ち切りになるだろう。そう思うと、王都に就職出来なくて良かったかもしれない。職場で根掘り葉掘り聞かれるのは御免である。出番を終えた俺は、早々にこの場を去る為に学園の出口を目指す。
「よし、最終便ならギリギリ間に合うな」
俺はこれから実家に帰る為に、乗り合い馬車に乗る必要がある。我が家にも馬車があるが、地方から三男坊を迎えに来る程の余裕はない。そもそも絶縁状を送った人間を迎えに、態々二週間ほどかけて馬車を走らせる必要はないだろう。絶縁状の件がどうなっているかは分からないが、行くところがない俺は取り敢えず実家に帰るしかない。馬車を乗り継ぎ、実家が近くなり『三男坊が絶縁された』という噂話を耳にしたら、その時点で帰るのを止めるつもりである。何処かの町か村で、宿屋に住み込みで働くのもいいかもしれない。
それ故に旅費を抑える為に、俺は実家に帰るには乗り合い馬車を乗り継ぐ必要があるのだ。一つ目の村まで向かう馬車の出発時間が迫っている。俺は校門へと続く階段を降りる、これを下りきれば学園の外だ。
「クライン先輩、お待ちしていましたよ」
「……っ!? マ、マルセイ第二王子殿下? 何故こちらに?」
階段を降り終えると目の前には立派な馬車が停車し、門柱の陰から第二王子が姿を現した。予想外の人物の登場に俺は驚きを隠せない。何故ならば、俺が大広間を去った時には、第二王子は確かに大広間に居た。先に大広間を出て駆ける俺より先回りし、馬車を回して待ち伏せをしているなど計画していなければ出来ないことである。加えて、俺の役目は終わったのだ。それなのに何故この男がこの場に居るのか分からない。
考えられるとすれば、彼が黒幕であり断罪タイムに介入した目障りな俺を排除しに来たということだ。しかしそれが意味を成すのは、断罪タイムの前に行うからである。断罪タイムが終わってから俺を排除しても只の憂さ晴らしにしかならない。目の前に居る第二王子が後者のような下らない思考の持ち主ならば、こうして接触してきたことに意味はあるだろう。
第二王子がそのような理由で姿を現したとすれば、配下を使わずに面と向かって本人が現れる辺り潔いと言える。
「何故って、先日に卒業パーティー後は『馬車で送る』と約束したじゃありませんか? 忘れてしまったのですか?」
平気で第二王子は噓の約束を口にした。勿論、そのような約束はしていない。
彼と直接会ったのは、大広間での一件だけが初めてだ。それ以前ではリベリーナを助け馬車に乗せたのを遠目に見ただけである。それに乗る必要も義理もない。
だが、第二王子が目配せをする。如何やら俺たちの周囲には、何人か隠れている人物が居るようだ。それらの存在を意識すると、悪意があるような気がするのだ。穏やかでない。それが第二王子の配下の護衛騎士ならば俺への脅しであり、違うというならば考えられるのは二つだ。黒幕の手下による第二王子か俺の見張りである。
「……嗚呼、そうでしたね。すっかり忘れていました。申し訳ございません」
俺は第二王子に話を合わせることにした。
この場で第二王子と離れる選択を取れば、見張っている人間たちが動くだろう。第二王子の護衛騎士ならば、俺の抵抗を面倒として強制連行。第二王子を見張っている者達ならば、俺には用はなく見逃されるだろう。一番厄介だが俺の見張りだった場合は黒幕へ強制連行だ。そして黒幕と対峙し、黒幕の正体を知ることが出来るかもしれない。どちらにしても、中々に面倒なことになった。
少ない情報では判断が難しい。ならば地位に物を言わせれば俺を如何様にも出来る第二王子が、俺に同意を求めてきているのだ。何か話があるかもしれない。第二王子に付いていくことを選択する。
「気にしないでください。色々と大変でしたからね。さあ、行きましょう」
「……はい」
第二王子に促されて馬車へと乗り込んだ。




