第二十四話 願い事⑨
「さて、それで望むものを何なりと申すが良い」
国王の言葉を受けて覚悟を決める。俺の望みが本当に叶えられるかは分からない。伝えたところで、却下される可能性もある。
だが、これだけ礼を受け取るように申し出ているのだ。俺が『望み』を伝えそれが国王側にとって都合が悪い事でも、却下したらそれは周囲の人々から反感を買うことになる。予想では俺の『望み』が叶えられる確率は、ほぼ確実に叶えられるだろう。
ただ、その『望み』の程度は国王と宰相の裁量にかかっている。少しの時間だけだが、彼らの人柄は大体理解した。後は俺の人を見る目が狂っていないことにかけるしかない。
「はい。では、『リベリーナ・フォルテア様が選んだ本当に好きな方のみ、婚約・結婚を許す』というのを確約していただきたいと思います」
俺は『望み』を口にした。
「……っ、そうか……うむぅ……」
国王をはじめ、困惑の声が周囲から上がる。その反応は予想の範囲内だ。自身の礼に他人の事を要求するのは明らかに可笑しい。だが、これが俺に残されたリベリーナを守る唯一の方法である。
俺はこの卒業パーティーが終われば、実家に戻る予定だ。勿論、それは事前に送っておいた絶縁状を受領されていなかった場合に限る。今夜の断罪タイムで王太子と対峙する為、万が一にも実家に影響が及ばないように事前に絶縁状を送っておいたのだ。
絶縁状が受領されていれば、地方男爵家の三男坊である俺は碌に就活も婚活もしなかった為に行く当てがない。万が一、絶縁状が受領されていなかった場合でも、実家には居づらい。実家には長男と次男が居る。家族関係は普通だが、王都の学園に通わせてもらっておいて何も成果がない俺は大変居心地が悪い。まあ、俺は男で健康である。職種を選ばなければ仕事は幾らでもあるのだ。今後のことはこの『望み』を確約してもらった後に、実家で考えることにする。
つまり、俺はあと数分後にはこの場を去る。そうすれば黒幕の存在を知り、リベリーナを守る者が居なくなるのだ。俺に出来ることは俺が王都を去っても、リベリーナを守る確約を得ることである。
きっと国王や宰相、リベリーナには会うことは二度と叶わないだろう。彼らの人柄は良いから、望めば面会することが許可される可能性もあるがその確率はゼロに近い。地方男爵家の三男坊のモブとは住む世界が違うのだ。今こうして直接会話を出来ているだけでも、奇跡に近い。
黒幕を放置するつもりはないが、黒幕は少なくとも子爵令嬢のイリーナに命令出来る立場の人物である。探るにも調べるにも、地方男爵家の三男坊が出来るのは此処までが限界だ。だから『望み』によりリベリーナを守る確約を得る必要がある。
俺の予想が正しければ黒幕が最も処分したいのはイリーナだろう。大衆の面前で黒幕の存在を口にしたのは彼女だからだ。そして次に元王太子である。イリーナから黒幕について聞かせられている可能性と、『傀儡の王太子』になれずに任を解かれたからだ。
リベリーナは、イリーナと元王太子の地位を盤石なものとする為に贄にされた。今後は国王や宰相がより彼女を守るように動くだろう。そのことにより、黒幕はリベリーナに手出しはし辛くなる筈だ。
だが、黒幕以外にも公爵令嬢という立場を利用しようと不届き者が近付く可能性もある。だから『リベリーナ・フォルテア様が選んだ本当に好きな方のみ、婚約・結婚を許す』という『望み』にした。本当ならば彼女が嫁ぎに行くのではなく、フォルテア女公爵として家督を継いでくれるのが最良である。
しかし、女性当主というのは俺が知る限り居ない。居たとしてもごく少数であり、公爵令嬢のリベリーナは政略結婚の材料には申し分のない人物である。家督を継がせるよりも、自国の有力者や他国に嫁がせた方が国益になるのだ。全くもって腹立たしいことこの上ない。
何よりも腹立たしいのは、己の力ではこれ以上何も出来ないことだ。
元王太子との婚約破棄がなされた状態で、次にリベリーナが婚約するとすれば第二王子である。だが彼は味方か敵か分からない。リベリーナを助けたこともあり、もしかすると俺が介入をしなければ第二王子がリベリーナを助けに入った可能性もある。只の政略結婚よりも少しでもリベリーナを愛する気持ちがある者に任せたい。
それにこの約束をしていれば、リベリーナが婚約や結婚をする際には国王や宰相とこの場に居る貴族たちの目が向く。それだけでも、悪しき者への牽制になるのだ。
「……それがロイド・クラインの『望み』だと申すのか?」
「はい。これ以外『望み』はありません」
国王が渋い表情で俺に確認をするが、俺は即答する。
リベリーナの立場ならば政略結婚を避けられない。愛だの言っていられる場合ではないのだ。それは貴族として生まれた者の使命ともいえる。
俺の『望み』が叶えられる確率が、ほぼ確実に叶えられるという理由は再度国王が礼をすると口にしたからだ。多くの貴族が集まる中でそれを反故にすることは、立場と人柄から見てまずはない。
そして『望み』の程度が国王と宰相の裁量にかかっているというのは、リベリーナが公爵令嬢であり優秀な人物である。確実に政略結婚になるだろうが、それは国王と宰相の手腕と配慮にかかっている。国益を優先し他国と上手くする為にリベリーナを生贄に差し出すか、彼女の気持ちを優先させて自国の愛ある相手との結婚を許すかだ。
それに関しては俺が口出し出来るものではない。国王と宰相、モブの俺では背負っているものが違い過ぎる。ただ勝手に婚約や結婚を決めるのではなく、少しはリベリーナ本人の気持ちを汲んで欲しいのだ。
「うむ……しかし……」
「先程、国王陛下は『望むものを何なりと申すが良い』と仰いました。それは私の聞き間違いでしょうか?」
未だに渋る国王に俺は毒を吐く。やはり俺には好意や善意に対して素直に交渉するというのは、性に合わないようだ。善人に相手に嫌味を口にするのは気が引けるが、この場を長引かせる方が問題である。
「!? そのようなことは決してない」
「では、私の『望み』を聞き届けていただけますね?」
俺はモブ特有の人畜無害の笑みを浮かべる。
急な俺の態度に驚く国王と周囲が驚くが、これ以上活躍する機会がない俺には怖いものなどない。それにこの無理難題な『望み』を確約しても、調子に乗った俺が脅して結ばせたとすれば周囲も非難するのは俺一人で済む。国王や宰相、リベリーナに責任を問われることは避けなければならない。この一部始終を目撃している多くの貴族達が、それを証明してくれるだろう。万が一、実家が非難されたとしても絶縁状を見せれば、俺とは無関係だと証明できる。
この場で不敬罪だと騎士に切り捨てられたとしても、俺にはこの『望み』をやり遂げなければならないのだ。最早これは俺の意地である。リベリーナの為と言いながら、モブの俺に出来る最後の足搔きである。
「……分かった。『リベリーナ・フォルテア様が選んだ本当に好きな者のみ、婚約・結婚を許す』と我が名において約束しよう」
「ありがとう御座います」
溜息を吐くと国王が確約を口にする。俺は感謝を込めて深くお辞儀をした。
「クライン様……あの……」
「リベリーナ様、この度は誠に勝手な『望み』を国王陛下にお約束していただきました。ご迷惑をお掛け致しますが、宜しくお願い致します。リベリーナ様と共に学園で学べましたこと、一生の思い出でございます」
『望み』の確約を得た俺はこの場において不要の存在である。第二王子と宰相へ会釈をすると、背を向けて歩き始めるとリベリーナが声をかけてきた。
彼女にとっては意味の分からない『望み』である。大して関わりのない俺が、彼女の結婚に関して口出しをするのは大変気味が悪いだろう。混乱させて悪いが、これは俺の我儘だ。リベリーナは優しいから政略結婚だと分かっても、国益の為ならば好きだと気持ちを偽って嫁ぐ可能性も充分にある。国王や宰相が止めたとしても、彼女はその選択をすることは容易に想像出来るのだ。
そんな優しい彼女だからこそ、少しでも幸せなって欲しい。俺のした事が意味を成さないかもしれないが、リベリーナを少しでも守る要素になってくれればいい。
「お健やかにお過ごしくださいませ」
俺は当たり障りのない挨拶を述べると、今度こそ大広間を後にした。




