第二十二話 願い事⑦
「国王陛下、お初にお目にかかります。私はロイド・クラインと申します。しがない地方貴族、クライン男爵家の三男です」
国王から視線を向けられ無視出来るほど、俺の立場は強くない。俺は丁寧なお辞儀をする。ここで失態を晒せば、リベリーナの件にも何か不具合が発生するかもしれない。俺という存在に何か不信感を持たれた場合、リベリーナ嬢の無実の証明に疑念を持たれ兼ねないからだ。要するに俺は一国の主を前にして、失敗が出来ない状態にある。だがこれは逆に好機とも言えるのだ。国王が信頼に値する人物か、直接会話をすることにより探ることが出来る。
「そう畏まらずともよい。クライン。此度の件では大変世話になった」
「いえ、臣下として当然のことをした迄のことです」
労いの言葉を受けて姿勢を正すが、俺がしたことは客観的に見れば反逆罪や不敬罪に問われてもおかしくない行為である。勿論、それは元王太子に非がない場合ではあるが、王族に正面から楯突いたことには変わりない。
全てはリベリーナに冤罪をかけたイリーナと元王太子が悪いのだが、地方男爵家の三男坊が身分不相応な行動をした理由が必要である。『謀反ではなく臣下として主の間違いを正す為に仲裁に入り、リベリーナの無実を証明した』という大義名分を周囲の貴族達にも聞こえるように口にする。この場において、周囲の貴族達は俺には中立的な立場だろう。しかし国王の一言で俺へ敵対することは容易である。
黒幕が国王であるならば、息子に対立し失脚させる原因を作った俺を排除したい筈だ。それならば、この場で元王太子を諌める為とはいえやり過ぎだと捕らえ罰するだろう。観衆も居るのだ。証人とするには絶好のタイミングである。
国王と宰相が控え室から元王太子の振る舞いを見ていたということは、事前に元王太子の悪行を第二王子から知らされていた可能性もある。ただ単に卒業パーティーを静かに見守るつもりだったかもしれない。
どちらにせよ、俺への対応で味方か如何かは分かるだろう。
「……そうか、愚息が世話をかけた。リベリーナ嬢を守ってくれたこと感謝する」
俺の返事に何か思案すると、国王は元王太子とリベリーナについて改めて言葉にした。これは俺の臣下として元王太子を撃退したこと、リベリーナの無実を証明したことを認めたということになる。
イリーナと元王太子が悪いとはいえ、国王から礼を述べられたことに対して誰も異を唱えることは出来ないだろう。俺の正当性と国王がその行為を認めたという、証明をする人物達はこの場に山ほど居る。後に反故にしようとすれば、この山のような証人達を黙らせなければならなくなるのだ。それを実行することが出来るのは、国王ぐらいである。
だが国王は人払いもせずに、元王太子の件を口にするということは聴衆達に王族の誠実さを示したいのだろう。元王太子を我が子可愛さにより罰することをしなければ、疑念が王室に向く。それはつまり国の存続に関わるのだ。そのことを考えて、敢えて国王は俺の正しさを周囲に示したのである。
情に流されずに、国王として正しい判断が出来ているのは評価出来る。だが彼の真意は分からない。
「ありがたき幸せでございます。……しかし、国王陛下がいらっしゃるのでしたら、出過ぎた真似を致しました」
性格の悪い俺は国王に対して少し鎌をかける。息子の不祥事に『王太子』の解任、貴族たちからの信頼を失う可能性。余裕のない時こそ、人の本性が現れるものだ。国王が味方か如何か見極める為に、毒を吐く。
国王と第二王子と宰相が来るなら、俺のようなモブは不要だっただろう?というストレートな嫌味も兼ねている。対峙する相手が王太子だった為、地方男爵家の三男坊である俺は決定的な証拠を掻き集めることに奔走した。地位も権力も後ろ盾もない、モブの俺が戦うには正当性でしか敵わないからだ。国王や第二王子、宰相が元王太子の悪行を先に知っていたならば、楽にリベリーナの冤罪の証明が出来たのだ。元王太子とイリーナ、その他虚偽の証人たちに手を焼くこともなかった。
元王太子に対抗出来る人物に協力を仰ぐことも考えたが、モブの俺がそれほどの権力を持つ人物に会うことは不可能に近いため断念した。それ故に国王や第二王子、宰相に元王太子の悪行を伝える機会もなく本日の卒業パーティーを迎えたのだ。
まあ、伝えたる機会があったところで、モブの俺の話を信じてもらえるとは限らない。逆に反逆罪や不敬罪として、リベリーナをより窮地に追いやる原因になる可能性も考えられた。
要するに『お宅の元王太子には散々迷惑をかけられました。随分と遅いお越しですね? モブの俺が頑張らなくても良かったですか? でも、それでリベリーナを守ることは出来ましたか?』という意味を込めている。俺は性格が悪いから仕方がない。
勿論、リベリーナの無実を証明する為に起こした行動の全ては、俺の良い思い出なので気にしていない。寧ろリベリーナを助けることが出来て良かったと思っている。
「その様なことは決してない。其方が居たこと、リベリーナ嬢を守ってくれたこと心から感謝している。……恥ずかしい話だがルイズの悪行には、先程まで気が付かなかったのだ。マルセイの案で卒業パーティーに赴かなければ知る由もなかった」
何処か疲れたような顔をする国王。如何やら国王は元王太子の暴挙を目撃するまで、彼の素行の悪さを知らなかったようだ。その話はきっと本当のことだろう。
己の失態と王室の恥ともいえることを再度、大衆の面前で口にするのだ。今迄の元王太子への対応は国王としては及第点、リベリーナへの態度には誠実さがあった。
そして俺の嫌味攻撃にも過剰反応することはなく、本音を語るところを見ると国王には裏表がない。
もしも国王が黒幕ならば、ゲームの展開を邪魔した俺を罰するだろう。邪魔者である俺を排除するには、この場は絶好の機会である。元王太子に対しての不敬罪や反逆罪など、地方男爵家の三男坊を潰すには材料は沢山あるのだ。黒幕ならば、この場を逃すわけがない。
だが、それをしないところを見ると、彼は黒幕ではないだろう。国の最高権力者が黒幕でないことに、少しだけ安堵する。
「そうですよ! クライン先輩がリベリーナ嬢の冤罪を証明してくれなければ、兄上は止まりませんでした。我々は兄上の振る舞いを目撃し、彼の暴挙に気付けたのですから」
国王に賛同する第二王子。正直に言えば、第二王子が黒幕の最有力候補である。
彼は明確に悪意を持って元王太子と対峙していた。元王太子の暴挙を知っている上で国王と宰相を卒業パーティーに連れて来たのだ。更に言えば、兄を失脚させて最も得をする人物である。イリーナに王妃になれると噓を吹込み、リベリーナを貶めさせ王太子である兄の暴挙を見せる。誠実さと品位を重んじる国王の怒りに触れ、『王太子』の任を解かれることは想像に難くない。
もしも第二王子が『王太子』になることが目的ならば、リベリーナを犠牲にすることも考えられる。だが、彼が黒幕ならば馬車の件が如何にも気になるのだ。態々、リベリーナのアリバイを証明する動きをしたことが不思議である。
リベリーナを断罪する元王太子の姿を見せたかったのならば、彼女を助ける動きをしたのが可笑しいのだ。寧ろリベリーナのことを放置しておき、より元王太子に暴言を吐かせる材料にするのが普通である。しかし、馬車に乗せるその姿を学生達が多く居る場で行った。まるでリベリーナのアリバイを多くの人々に証明するかのようである。
信用するにも疑うにも、判断材料が無さ過ぎて頭が痛くなる。
「国王陛下、第二王子殿下。ありがたきお言葉を賜りまして感謝申し上げます」
取り敢えず二人にお辞儀をする。王族にこれ程言わせておいて、何も反応しないのは不敬罪と咎められる可能性もあるのだ。いやこの場合、わざと不敬を買い。俺を排する口実を餌に、黒幕の介入を期待しても良い気がする。だが此処には国王陛下も居る。最高権力者の前で、礼を尽くしている者を罰するのは難しいかもしれない。
権力も地位も、後ろ盾もないモブは動き難いのだ。少しの情報を得るのも一苦労である。
「うむ。此度の件での礼をせねばならぬな。クライン、何か望むものはないか?」
黒幕の件で頭がいっぱいのところに、更に爆弾が投下された。




