第二十話 願い事⑤
「……っ!? マルセイ!? 何故お前がここに!?」
元王太子は現れた男を指差すと吠えた。男は元王太子殿下の弟であるマルセイ第二王子殿下のようだ。以前に彼を見かけたのは遠目であり、一目では第二王子とは判断することは出来なかったが元王太子よりも雰囲気を持つ男である。
如何やら国王たちの登場には、元王太子殿下の弟であるマルセイ第二王子殿下によるもののようだ。そういえば大広間の隣にある控え室には、大広間の様子を見聞きする覗き窓があると噂話を耳にしたことがある。それを利用したのだろう。
マルセイ第二王子は自身の馬車にリベリーナを乗せ、無実を証明することを助けてくれた人物である。その点においては感謝しているが、イレギュラーな行動をする人物であることは変わりない。
ゲームの展開から逸脱した上に、黒幕が分からない状況では注意を払っておくに越したことはないのだ。
「御機嫌好、兄上。父上達がこの場に居て何か可笑しいことがありますか? 私は只、卒業パーティーで兄上の晴れ舞台を父上達にご覧いただこうとしただけのことですが? 何か問題がありましたか?」
「だ、だからと言って! 控室からこそこそ覗き見る必要はないだろう!?」
第二王子は顎に指を当てると首を傾げた。マルセイの主張は正しい。誰にも恥じることのない振る舞いをしていれば、何の問題はないのだ。己以外に地位が上の者がいない状況で、権力に酔いしれた元王太子が独壇場となり本性を露見したのは完璧に自業自得である。
嗾け、煽りに煽りを重ねた俺も関与していることであるが、少し煽られただけで剝がれるような脆い仮面など被るのが可笑しいのだ。やるならば完璧にするべきである。
元王太子は必死に第二王子へと、抗議の声を上げる。この状況で元王太子が何を言ったところで、無駄だということが理解出来ていないようだ。
「卒業パーティーの主役は卒業生ですし、王太子と国王陛下が揃っていては皆が萎縮してしまいます。ですから控え室から、兄上の『王太子』としての振る舞いを拝見させて頂いておりました」
「そ、それは……」
自身のことしか口にしない元王太子と、周囲への配慮を考慮した第二王子の返事。周囲の貴族達がマルセイ第二王子へと感心するのを感じる。登場して直ぐにその場の人々の心を掴むとは流石だ。本当に元王太子である『てんさい』と同じ兄弟であるのか、疑わしく思えてくる。
「嗚呼、失礼致しました。『元』王太子とお呼びした方が正しいですね。兄上?」
「お前……」
第二王子は爽やかな見た目に反して、腹は黒いようだ。苦し気に元王太子が、マルセイを睨む。『王太子』として胡坐をかいていた元王太子は、弟が『王太子』になる可能性に腹立たしく仕方がないようだ。いいぞ、もっとやれ。俺はこっそりと第二王子を応援する。
「私は兄上のご卒業を心からお祝いしております。私からのサプライスプレゼントはお楽しみいただけましたか?」
「……っ、この……」
にっこりと、花が咲くように第二王子が笑った。ご令嬢達はもとより、老若男女がその笑顔を見れば赤面するだろう。だがその言葉の本当の意味と、彼の腹黒さを知ってしまった俺は背中に冷や汗をかくのを感じる。彼を敵に回すのは避けた方が良いと本能的に察知したようだ。情報の無い人物が、かなりの曲者であるという事実に頭が痛い。
「そこまでだ」
「はい、陛下」
「……っ、ですが! 父上!」
王族の兄弟対決を国王の一言が止める。兄弟対決というのは表面的な話であり、本当は第二王子であるマルセイが元王太子を吊るし上げていたのだ。そのことに気付いているのは、極一部の人間だけだろう。
「……ルイズ。これ以上、私を失望させないでくれ」
「い! いえ! そんなことは……」
尚も食い下がる元王太子へと溜息を吐く国王。『てんさい』には父親である国王も頭を悩ませているようだ。流石は『てんさい』である。
「ではそろそろ、本来の目的を果たすとしよう……。リベリーナ・フォルテア公爵令嬢を貶めた罪及び、偽証罪として、ルイズ・ハーバレント! イリーナ・フォロン! トロイ・スケル! エマ・バボラ! その他、この件に与した者達を捕えよ!」
「はっ!!」
国王が命令を口にすると、騎士たちがそれぞれの人物達を素早く拘束する。その中にはイリーナの取り巻き達の姿もある。イリーナにとって不都合なことが起きた場合その処理をする役目を担っていたのだ。現に俺が証拠として提示した本の名前を聞き出した瞬間に、彼らが図書館に行き本の後ろにある貸し出し表を改竄するつもりでいたのである。捕らえられ、然るべき処罰を受けるのは当然のことといえるだろう。
迅速な拘束に、これも第二王子が怪しい人物を事前に伝えていたことが窺い知ることが出来る。
「お前たち! 僕に触れるなど不敬罪だぞ!?」
拘束されても尚も、抵抗する元王太子。如何やら『てんさい』には『劇薬』は効かないようである。暴れる元王太子を拘束する騎士たちが大変そうだ。全く人の迷惑を考えない元王太子である。
「ルイズ。お前が反省していないことはよく理解した。牢の中で己の振る舞いを反省するとよい」
「なっ……! お待ちください! 父上!!」
両脇を騎士たちに拘束され引き摺られながらも、国王に懇願する様子は滑稽である。
「御機嫌好。元王太子殿下」
俺の前を元王太子が通り過ぎる。彼と会うのはこれが最後だ。挨拶をしておこう。俺は人畜無害の笑顔を浮かべると、元王太子へと挨拶を口にした。
「ひっ! い……嫌だあぁぁぁぁ!!!」
元王太子の顔を真っ白になり先程よりも激しく暴れ叫ぶと、その場で倒れてしまった。白目をむいたその姿はイリーナと同じである意味お似合いの二人である。
『王太子』の解任、弟からの屈辱。父親からの否定。そして身分が低い俺からの蔑視。それらが積み重なり、『劇薬』が『毒』になり効果が出たようだ。
元王太子はイリーナと同様、哀れな姿を晒しながら大広間の外へと連行されて行った。




