第十七話 願い事②
「ロイド様っ!!」
「ぐえっ!!?」
切羽詰まった声に俺は思わず瞼を上げる。すると俺の眼前に美しいブロンドの髪が翻り、イリーナが醜い声を上げ床に転がった。転がったというよりは、俺の前に踊り出たリベリーナによって硬い大理石の床へと背中から叩きつけられたと言った方が正確である。
因みにイリーナは白い目をむき微動だにしない。愚か者の最後とは見るに堪えないものである。初めから身の程を弁えて行動していたら、このような醜態を晒さずに済んだのだ。未来の王妃を望んだ者の末路としては惨めであるが、全ては自業自得なので特に俺が想うことはない。
「ロ……クライン様、御怪我はございませんか!?」
「……はい、リベリーナ様のおかげでこの通り怪我一つありません。お助けいただきましてありがとうございます」
リベリーナが振り返ると、俺の名前を言い直しながら安否確認をする。本来ならばイリーナを確実に捕らえる為に現行犯として殴られることを期待していた。だが、リベリーナのサファイアの瞳に心配の色が見え押し黙ると代わりに礼を述べる。
「いえ、そんな! クライン様には数々の事件について冤罪を晴らしていただきました。何と御礼を申し上げてよいのか分からないほどですわ」
「私が勝手にしたことですのでお気になさらず。それにしても見事な体術ですね。流石リベリーナ様でございます」
王太子妃教育で護身術の教育を受けた可能性があるが、リベリーナが先程見せた体術はこの国の体術と異なる。相手の力を使い相手を投げ飛ばす体術は、前世で見聞きしていたものと酷似しているのだ。この国以外にもこの世界には国が存在する。その国の体術である可能性があるが、態々リベリーナがそれを習得していることも疑問だ。
真の黒幕が明らかになっていない現段階では、誰が味方か分からない。黒幕にゲーム内の知識があるのかさえも分からないが、後手に回ることは絶対に避けなければならないことは確実である。俺には漫画やアニメの主人公のように補正能力やチート能力もなければ、周囲を動かす地位や権力も後ろ盾もないのだ。体術一つでも疑念の種は摘んでおきたい。さり気なく体術について訊ねる。
「これは第二王子殿下から教えて頂いた技です」
「……成程。無駄がなく洗練された動きですね」
嬉しそうに話すリベリーナの様子からして、体術の出処が第二王子殿下だという話に偽りはないようだ。そもそもリベリーナの言葉を疑うことはしたくはない為、罪悪感に胸が痛む。彼女とは図書館で会って以来の会話になるが、出来ればもっと穏やかな話題で話しをしたかった。
第二王子殿下のマルセイはゲーム内での情報は殆どなく、設定上の人物だけで一切登場することはなかった。今得ている情報では学年が二つ下というと、リベリーナのアリバイを証明することになってくれたこと、前世で知る体術を知る人物ということだけだ。
「クライン様?」
「いえ……なんでもございません」
第二王子について考えていると、リベリーナが心配そうに俺を見詰める。気遣い上手で優しい彼女を王太子は何故蔑ろに出来たのか理解出来ない。
「イ、イリーナっ!? このっ! 暴力女! 未来の王族への暴力は反逆罪だぞ!!」
王太子がヒステリックに叫び声を上げた。イリーナの豹変ぶりを見ても、彼女を庇う姿勢は流石『てんさい』である。俺はリベリーナと王太子の間に立つ。
「騎士団を呼べ! 王室付き騎士団がお前たちを捕らえてやる!!」
リベリーナの無罪を主張した後に、この発言は只の暴君である。周囲からの目線が更に厳しくなるのを理解していないのだろうか。
王太子殿下はまだまだ遊び足らないようだ。馬鹿に付ける薬はないというが、本当のようである。だがお遊戯会は此処までだ。遊び足りないお子様は舞台を下りる時間である。劇薬をもって舞台を引きずり落してやる。
「お好きにどうぞ?」
俺が挑発するように穏やかな笑みを浮かべると同時に、大広間に騎士団が雪崩れ込んで来た。




