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第十五話 追撃⑫

 

「エマ・バボラさん。貴女が何故、この学園に入学することが許されたかお分かりですか?」

「それは……私が優秀だから!」


 貴族達だけが通う学園に何故、平民のエマが入学を許されたかを問う。その返答には期待していなかったが、その答えに更に落胆する。

 本来ならばこの話は俺からするべきではない。リベリーナのことを考えれば発言を控えるべきだが、それではこの愚者は何も理解しないだろう。


「そうですが、それだけではありません。貴女を学園の奨学生として通うことが出来るように、方々に掛け合い支援してくれた方がいらっしゃるからです」

「……だから何?」


 自身が学ぶことが出来る環境を手に入れることが出来た事に対して、エマは感謝も何も感じていないようだ。流石は俺の先程の質問に『優秀だから』と答えたほどである。


「……私も一応、地方貴族の端くれです。王都の孤児院へ実家から届いた作物を分けさせて頂いています。その孤児院で子ども達を気にかけ、平民が教育を受けられるようにシスター達に熱心に話されている方がいらっしゃいました」

「何よ? そんな話をして感謝されたいの?」


 俺が孤児院を訪れたのは偶々である。実家から送られて来た野菜を孤児院に寄付するのが、一か月に一度の俺の仕事だ。その時にリベリーナが孤児院に居るのを偶然目撃した。リベリーナが孤児院を訪れることは、ゲーム内では描写されなかった行動である。

 そのことに多少は驚いたが、彼女は純粋に孤児院の人々を想っていた。特に教育に関して優秀な者に高等教育を行うべきだと力説し、自身が学園長に掛け合うとまで話していたのだ。


「いいえ。私の行いなど、その御方の足元にも及びません。自身が多忙の身でありながら、他者を想いやり慈悲深い……リベリーナ様には頭が上がりません」

「……っ!?」


 俺の背後でリベリーナが驚くのを感じる。彼女は俺など知らないだろう。そんな知らない人間から行動を言い当てられれば驚くのは当たり前である。俺とリベリーナとは接点が一切なく、言葉を直接交わしたのは図書館の一件だけである。

 そもそも学園の外でも、下級貴族が上級貴族に話しかけることはない。特に婚約者を持つ令嬢となれば尚更である。


「はぁ?! 何よ、リベリーナ様が私を奨学生として入学させてくれたっていうの!? でも私には一度も声をかけてくれたことなんてなかった! 優しくもしてくれなかったわ!!」


 エマは癇癪を起こした子どものように、幼稚な戯言を喚く。大変可哀想だ。勿論リベリーナが可哀想である。王太子妃教育に公爵の仕事の手伝いに、学業と貴族としての活動。それらをこなしつつ、方々に声をかけ書類を作成し学園で見守って来た奨学生がこのような発言を行うなど彼女の苦労が報われない。

 更に言えばリベリーナを貶める証人として現れたのだ。リベリーナの心は大変傷んだことだろう。


「ご存知の通り、ここには貴族の令息令嬢たちが通っています。公にリベリーナ様がバボラさんと仲良くすれば、貴女の評価が個人の能力ではなく他の力が働いていると考えられてしまう可能性がある。だからリベリーナ様は行動でバボラさんを守ることにしたのです」

「行動? 何もしてくれなかったじゃない!」

「貴族は縦社会です。公爵令嬢のリベリーナ様が何も言及しなければ、下級貴族もそれに倣い何も言いません。リベリーナ様はきっと貴女の優秀さを贔屓目なしに、他の貴族達に見て認めて欲しかったのでしょう」


 新しい試みというのは、旧体制には忌み嫌われるものである。ましてや将来国を支える貴族令息令嬢が通う学園であればそれは必須だ。エマの存在をリベリーナの名の下に公にすることは簡単であるが、それでは『平民』で能力がある者の価値は薄れてしまう。

 だから敢えてリベリーナは静観することにしたのだ。公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者であるリベリーナが、『平民』であるエマの存在に異を唱えないことが認めている証としたのである。


「何よ……何もしないのが優しさ? そんなの勝手じゃない!」

「『何もしていない』? それは違います。貴女が今着ているドレスは誰から贈られたものですか? 4年間の制服は? 寮費・生活費・教科書代・学費は? 奨学生だから全て免除されるとお思いですか?」


 リベリーナの優しさと配慮に何も感じていない、エマに俺は激しく怒りを覚える。それに合わせて俺の口調が強くなるのを感じ、両手を強く握り誤魔化す。


「な……なによ……そうでしょう? 私は優秀なのだから!」

「違います。平民からの初の奨学生に対して、生活の全て免除などありえません。せめて学費が免除されるぐらいですよ」

「……っ」


 自己評価と自己肯定感が高いことは良いことだが、こうも己を知らずに発言する姿には『勘違い野郎』という言葉がお似合いである。

 平民からの初の奨学生というのは、初の試みであり実験だ。その実験結果が何処まで上手くいくかなど未知数であり、得られる利益など望む方がおかしい。つまりエマを奨学生として得られる物は少なく、失う物の方が多いぐらいである。そんなことが分かっているのに、資金を調達し工面してくれる奇特な人物は聖人だ。


「では、その他の費用はどこから出ているか……簡単ですよね?」

「……っ、貴族が平民に対して恵んでくれたっていいじゃない! リベリーナ様は有り余る財力がある公爵令嬢だから!!」


 費用の出処を分かりやすく示唆すれば、エマは貴族全員を敵にするような発言をした。王太子といい、エマといい、何故味方につけるべき貴族達を敵に回す発言を繰り返し出来るのか全くもって謎である。


「『有り余る財力』ではありません。リベリーナ様のお父様であられる宰相閣下のフォルテア公爵の公務、フォルテア公爵領地からの税金からなるものです。それに代々フォルテア公爵家が受け継いできた資産です。大切な資産です」

「……っ」


 貴族だからと言って無限に資金が入ってくるわけではない。領地を管理し領民により良く暮らして働いてもらい、税金を納めてもらう。そしてその税金を領地の維持費や公共事業への資金として運用している。そこから更に貴族は、国王へと税金を納めるのだ。使いたい放題でも『有り余る財力』などでは決してない。そんなことをすれば領民は疲弊し、領地の維持など出来なくなる。

 己の欲を満たす為だけに、好き勝手に税金を使って言い訳ではない。寧ろ貴族として、国王から任されている領地と領民を守る義務と責任があるのだ。


「……リベリーナ様の本日のお召し物は、昨年の卒業パーティーに祝辞を述べられる際に着用されていた物と同じです」

「だから……なによ?」


 『有り余る財力』について俺が訂正をしても、リベリーナが公爵令嬢であり財力があることに不服の様子のエマ。俺は仕方なく、今日の卒業パーティーに参加しているリベリーナの格好について言及する。

 リベリーナは昨年の卒業生に祝辞を送る為、卒業パーティーに参加していた。俺は手伝いとして参加していたが、その時と同じドレスを今日も着用している。その答えは簡単だ。


「本来ならば卒業パーティーのドレスは、婚約者であった王太子殿下から贈られる筈。しかしイリーナ様に王都で屋敷が建つ程の予算を使うことはあっても、リベリーナ様へドレスを用意する婚約者としての義務もお忘れのようですね」

「それは……私には関係ないじゃない!」


 今は意識外にある王太子とイリーナの名前を強調すれば、二人は肩を跳ねさせた。現在俺から追求されていないからといって、二人の行いを許したわけでも忘れたわけではない。という意味を込めているのだ。

 エマは関係ないと叫ぶが、これまでの俺の話しを本当に聞いていたのならば直ぐに分かる筈だ。王太子がイリーナを寵愛し、婚約者であるリベリーナを蔑ろにしたのは王太子自身の問題である。だが、婚約者である王太子からドレスを贈られなかった場合、公爵家で新調するということになるのだ。ドレスを新調する資金は公爵家ならば、用意することは簡単だろう。しかしリベリーナが、それを許すわけがない。


「いいえ、関係あります。貴女の学園にかかる全てをリベリーナ様ご自身の資産からお支払いになっておられます。これは学園長に確認済みです」

「……っ! そんなの後から自慢話にする為に……」


 エマを奨学生として入学させる為に掛かる費用の全てを、リベリーナが個人の資産から捻出しているのだ。公爵令嬢でありながら、質素で倹約なリベリーナは必要なところには惜しみなく資金を援助する。だが逆に不必要なところには金をかけることはしない。

 つまりリベリーナは、卒業パーティーでのドレスを新調する必要がないと判断して敢えて新調しなかったのだ。

 気位の高い者が多い貴族の中で、公爵令嬢という立場にありながらも自分よりもエマには惜しみなく援助しているのに何故『自慢話』などと世迷言を口にすることが出来たものだ。


「公爵家としてではなく、個人的な支援ですよ。しかも学園長には匿名からの支援としていたようです。更に言えば、ドレスが破られた事件の証人に貴女が居た時に、このことについて話せば貴女の証言を変えることも出来た筈です。しかし、リベリーナ様はそのような発言はなさらなかった。何故だか分かりますか?」

「なっ……」


 エマが誇っていた『イリーナ様のドレスが破られ、それがリベリーナ様のロッカーから出ている事件』の証人としての自信も打ち砕く。偽りの優しさを翳すイリーナの為にと、哀れにも最大の恩人に対して牙を向いた愚かさを後悔するがいい。


「信じていたのですよ。リベリーナ様はバボラさん貴女を……だから自分が不利な状況でも貴女との関係を話さなかった。話せば貴女の頑張りを無に帰すことになる。そうリベリーナ様はお考えになられたのでしょう」

「……っ!」



 証人としてエマが現れた時のリベリーナの心情は分からない。ただ確実に傷ついたことは確実である。ずつと見守ることしか出来ない辛い中で、信じていたリベリーナの期待を最大の悪意と報復という形でエマは答えたのだ。


「貴女は最大の恩恵を受けておきながら、そのリベリーナ様に対して最大の裏切り行為を働いたのですよ」

「……っ! し、知らなかったのよ!」


 俺の声は自分でも分かるぐらい冷たい。きっとエマを見下ろす瞳はゴミでも見るほど冷ややかなものであろう。


「『知らなかった』? 『知ろうとしなかった』の間違いでは?」

「ち、違う!」


 戯言を重ねるエマの主張を切り捨てる。甘い誘惑に乗り簡単にイリーナを心酔し、崇拝した愚か者。リベリーナの期待と信頼に、最大の裏切り行動で答えた愚か者。


「それから……貴女の罪は、後に続くであろう『平民』の奨学生達の可能性も潰したことです」

「……え……?」


 俺はとても優しいので、愚かで物分かりの悪いエマの為に餞別を贈る。彼女が犯した愚行を分かりやすく教えてやる。するとエマは大きく目を見開いた。やっと己の犯した愚行を理解したようだ。『優秀』とは名ばかりで、頭の回転が大変遅すぎる。


「おや? ご理解していらっしゃらなかったのですか? 貴女が『平民』の第一号として成功すれば、見本となり模範となり『平民』の可能性が広がるのは必然です」

「……ま、まって……ち、ちがう……」


 エマだけが『優秀』だから入学を許されたのではない。リベリーナは『平民』でも優秀者が居るという前例を作りたかったのだ。そうすれば、多くの貴族達の理解と協力を得ることが出来る。国の将来を考えれば優秀な人材の確保は急務だ。

 しかし優秀な人材を育成するには時間が必要となる。だから貴族達だけではなく『平民』からも優秀な人材を確保する為に、奨学生として学園での前例が必要となったのだ。まあ、そのリベリーナの将来を考えた計画を第一号のエマが全てを打ち砕いてくれたわけである。


「そう、エマ・バルボ。貴女は愚かにも……慕い支える相手を間違えたのですよ」


 止めと言わんばかりに、全ての行動の元になっていたことを否定した。リベリーナが優秀だと認め、個人の資産で援助したエマ・バボラ。確かにリベリーナが見出した人材だから初めから愚者ではなかった筈である。ただ『類は友を呼ぶ』関わる相手を間違えた為に、恩人を知らずに裏切り、只の愚者へと成り果てたのだ。


「あ、ああああああ……違う……私は……私は……」


 劇薬はエマには少し効果が強かったようだ。崩れ落ちると虚ろな目で、壊れた人形のように譫言を繰り返した。


 俺はモブ中のモブだが。人畜無害の皮を被り、喉笛を食い千切ることが出来るのだ。





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