第十三話 追撃⓾
「う、噓よ! イリーナ様がそんなことをする筈がないわ!!」
「何故そう思われるのですか?」
イリーナの犯行であるという決定的な証拠を見せると、エマが大声を上げた。俺が集めたリベリーナの無実の証を無碍に扱い、認めないというから決定的な証拠を見せつけたのだ。だが幼稚なエマはそれさえも否定した。俺は敢えて彼女に訊ねる。何故、愚かにもこの証拠を否定出来るのかという意味を込めてだ。
「……っ! だって! イリーナ様は私が平民でも優しくしてくださったわ! 寮の同室にも自ら申し出て下さって……」
「それはこの学園初の平民である貴女に良くしておけば、後々が上手く行くからです」
「え?」
エマは愚かにもイリーナを信じる戯言を告げる。それは根拠というには貧弱であり、その恩を売る行為もイリーナの計算された行動から来ているものだ。俺の動かぬ証拠を如何にか出来るものでは到底ない。現実を見ずにイリーナを庇おうとする姿は愚かであり、滑稽である。
「イリーナ様は王太子殿下と婚約後結婚なさり王太子妃になり、行く行くは未来の王妃になる計画だったようです。その際に障害になるのは平民達です。贅沢三昧な生活を送るには税の徴収が必要不可欠です。イリーナ様の本日のお召し物に幾らお金が使われているか分かりますか?」
「なにを……」
俺の発言にエマは困惑した。その反応は正しい。イリーナに心酔し、現状の打開策も講じられない者が将来の事など考えていないだろう。将来を真に案じている者が居れば、イリーナと王太子の暴挙をここまで許せる筈がないのだ。
本当はこの場でこの話について触れるかは迷った内容であるが、幾度もリベリーナの無実の証を蔑ろにされた鬱憤を晴らすことにする。そろそろ、全員が現実を見る時などである。
リベリーナを断罪する以前にイリーナには、国母として国を支え守る気持ちなどないのだ。彼女の行動と発言がそれを物語っている。いい所だけ見聞きした結果が待つのは国の衰退であり、そして他国からの侵略に対抗することも出来ずに滅びるだけである。
「宝飾品も入れますと、王都で家を建てることが出来る程だと思いますよ? 如何ですか? 王太子殿下?」
「……そ、そんなの……俺の金だ! 別に何に使おうが勝手だろう!?」
金額について王太子に視線を向けると、自分勝手な発言をした。この『てんさい』は、きっと断頭台でも同じ発言をするだろう。それか己の命がかかれば、泣き喚き慈悲を請うかも知れない。要するに『てんさい』は実に天災であり、愚かである。
イリーナが王太子から贈られたドレスは大変華麗である。身に付けている宝飾品も一級品の物ばかりだ。まるで王太子妃、いや王妃になったかのような衣装だ。
婚約者でもない相手にそれだけの品物を与えるなど、常軌を逸しているとしか考えられない。こんななのが将来国王と王妃になれば国が滅ぶのは必然である。この男はイリーナのことしか頭にない。元々、王になる器ではないのだ。心底リベリーナが『てんさい』と結婚しなくて良かった。
「いいえ、それは違います。王太子殿下が私的に使われた、そのお金は国民の血税です。王族とはいえ殿下の一存で使用して良い金額とお金では決してありません。会議を開き決めるべき事柄です」
「う! 五月蠅い! 男爵家の三男風情が!!」
王族だからといって好き勝手にして言い訳ではない。この国では国王が絶対権力ではあるが、修繕費や大きな支出は会議により決定されている。そのことは新聞記事でも知ることが出来るレベルである。
つまり、この国の国王は少なくとも『勝手な暴君』という訳ではない。王都に来てから国王の不満は耳にしたことがないほどだ。目の前の『てんさい』を王太子にしていること以外は、及第点の王ではある。
「そのお言葉は、『王太子殿下』としての発言として受け取って宜しいでしょうか? ルイズ・ハーバレント王太子殿下?」
「……っ、貴様っ……」
俺は地方貴族の三男坊だ。爵位は一番下であるが、それでも腐っても男爵家である。俺を蔑ろにする発言は、他の男爵家も同等の認識であると公言しているようなものだ。『将来の国王は男爵家を蔑ろにする』と、この場にいる者たちに知られたことの危うさを理解していないようである。俺以外にも男爵家の者達もこの場には多く居るのだ。
更に言えば、他の爵位からすると男爵家は一番下だから仕方がないと思うだろう。だが、いつその基準が自分たちの爵位まで上がってくるのかと疑問に感じる者もいる筈だ。疑問が疑念に変わり、そして不安が不満になる。国王が絶対権力であっても、それを支えているのは貴族達だ。その貴族達から疑念や不満の目を向けられるというのは、国王失格と言っても良いだろう。
この場において『王太子殿下』は、リベリーナ公爵令嬢に対して散々な態度を行った。爵位で一番高い公爵令嬢の彼女を蔑ろにした。それから男爵家も蔑ろにした。
つまり、この『王太子殿下』は爵位を関係無しに、貴族たちも只の駒としか見ていないと自ら発言をしたのだ。誰がこのような『王太子殿下』を支持することが出来るものか。
王太子へと、周囲の人間達から軽蔑の視線が注がれた。