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第十二話 追撃⑨


「駄目っ!! 見ないで!!」


 イリーナは王太子の手を払うと両手を強く握り、その罪の証を隠した。唯一の味方である王太子への配慮のなさ、更に隠すということはそれが動かぬ証拠であると認めているようなものである。あれだけリベリーナのことを糾弾したというのに、自分に不都合な事実は隠そうとするその態度が気に食わない。周囲からは驚愕と困惑の声が上がる。


「な、なんだ!? イリーナ、その手の色は……?」


 王太子はイリーナに手を振り払われたまま、驚愕しながら彼女を見詰める。愛しい恋人に手を振り払われたことがショックなのか、それとも手の平が毒々しい紫色に染まっていることに驚いているのかは分からない。

 だが仮にも『真実の愛』を語る相手ならば、怪我の心配の一つでもしてみてみるのが恋人の役目ではないだろうか。何も俺はイリーナの身を案じているのではない。ただ単に、王太子の愚かさを再確認しているだけである。


 真に国の未来を考えていれば、リベリーナとの婚約破棄など有り得ないのだ。それを『真実の愛』なるもので、潰した王太子殿下の考えは流石である。流石は『てんさい』だ。


「おや? 王太子殿下はご存知ないのですか?」

「何を言って……」


 俺は顎に指を当てると首を傾げた。この場においてイリーナの手の平が紫色に染まっている理由を理解していないのは、王太子だけである。毒々しい紫色に破られたドレスの色を見れば、嫌でも見当は立つ筈である。

 それが『真実の愛』故の弊害か、単に王太子の浅学故かは分からないが期待を裏切らない男だ。 


「『愚者の実』と申し上げれば宜しいでしょうか?」

「……っ!? まさか……」


 手の平の正体について告げれば、王太子はあからさまに顔色を悪くした。やっとイリーナの犯行に気が付いたようだ。だが、事態を収拾する気はない。自身がどんな愚行を働いたか、痛いほどに理解してもらわなければならないからだ。俺は彼らを確実に更なる絶望へと突き落とす為、再度口を開く。


「イリーナ様のご実家である、フォロン子爵領は織物が有名ですね。珍しい染め物も沢山あります。特に珍しいのが『愚者の実』から造られたドレスです。これには有名な昔話がありますね」


 イリーナの実家であるフォロン子爵家は珍しい染め物で、運営をしている領地である。そして『愚者の実』に関する有名な話とは、フォロン子爵領地に伝わる昔話だ。


「その昔、フォロン子爵家の子息と名家の令嬢との間に婚約が結ばれました。しかし領地内には、子息へ想いを寄せている他の令嬢が居ました。その令嬢は二人の婚約を聞くと、名家の令嬢に恥をかかせることを考えました。そして婚約発表会用の令嬢のドレスを破ることにしたのでした」


 俺はわざとらしく、幼子に言い聞かせるように昔話を紡ぐ。この昔話はよく知られている話しだ。しかしそれを、態々読み上げるのはイリーナへの報復である。


「婚約発表登場に計画通り令嬢は、名家の令嬢を無惨に破いてしまいました。婚約発表の場で彼女は、名家の令嬢がどんな惨めな姿を晒すかを楽しみに会場で待っています。会場には大勢の有力者たちが集まり、子爵令息との婚約者として見定める場でもあるからです」


 淡々と話す俺の言葉だけがこの場に響く。


「その為にも、婚約である名家の令嬢には華麗なドレスが必要されます。それが用意出来ないとなれば、婚約発表はなかったことになり婚約は解消。自身にも子爵令息と結ばれる可能性があると心を躍らせる令嬢」


 昔話の令嬢とイリーナは同じである。


「そして会場の扉が開きました。令嬢が目にしたのは、華麗なドレスに身を包む名家の令嬢の姿でした。令息との仲睦まじい姿を見て周囲は祝福の言葉を贈り、令嬢は狼狽を隠せません。すると子息が会場に居る全員に、手の平を見せて欲しいと言ったのです……」


 まるで何処かで聞いたような話しだ。


「動揺しながらも子息の言葉を不思議に思った令嬢は、自身の手の平を見ました。すると毒々しい紫色に染まっていたのです。……そう、イリーナ様の手の平と同じようにね」

「……っ!」


 俺は昔話を語りながら、イリーナを見る。彼女は肩を跳ねさせると、両手を強く握る。今更、この糾弾から抗えると思っているのだろうか?愚かである。逃がす筈がないだろう。


「全てはフォロン子爵子息の計らいによるものでした。婚約者である令嬢が狙われていることを知り、実家の織物を使用したドレスを囮として用意したのです。そのドレスは強く引き裂くと、その体温に反応して着色するのです。それからは、その果実を『愚者の実』として呼ぶようになりました。……イリーナ様のご先祖様はご立派に婚約者をお守りなられたのですね?」

「……くっ!」


 果実の名前の由来に関する昔話を終える。そしてイリーナへ嫌味を笑顔で加えた。ご先祖は立派だったようだがお前は人の婚約者を奪い、『リベリーナ、イリーナを階段から突き落とす事件』・『イリーナのドレスが破られ、それがリベリーナのロッカーから出ている事件』の犯人としてリベリーナを仕立て上げた。愚かしいにも程がある。


「この昔話に因んで御父上であるフォロン子爵は、イリーナ様を想い『愚者の実』で仕立てたドレスを用意したのでしょう。しかし、結果はご息女の罪を証明することになりましたね」


 イリーナの父親であるフォロン子爵が『愚者の実』で仕立てたドレスを用意した真意は分からない。『愚者の実』の原産地はクロッマー侯爵領地の為、態々取り寄せたことは明らかである。それだけ手間をかけているということは、イリーナがリベリーナに虐められていると、本人から聞いたか噂を聞いたのだろう。結果的に、その行動がリベリーナの無実を証明した。

 だがイリーナは『愚者の実』の由来を知らずに、仕立てたドレスが黄色い為、自身に合わないからと引き裂いたのだ。王太子からの同情と、彼からドレスをプレゼントして貰うという為にだ。そして全てをリベリーナの所為にして、全てを手に入れる算段だったのだろう。


「嗚呼、ですが……ご先祖様の奇策に子孫であるイリーナ様が掛かるというは、些か領地への無関心と浅学が滲み出た結果かもしれませんね?」

「……っ!」


 悔しそうに両手を強く握るイリーナ。全ては身から出た錆だ。


『愚者の実』の昔話は有名である。愚かな行為をすればその証拠は必ず残り、愚か者は証明されるという教訓だ。しかしイリーナはその話を知らずに行動した。ゲームプレイヤーであることの確率は非常に低いだろう。

 ゲーム内では、この昔話は学園の図書館で読むことが出来る。イリーナがやり込んでいないプレイヤーか、それとも途中から『イリーナ』に成り代わった可能性も考えられる。だが、彼女はリベリーナを意図的に害した。


 只の敵だというそれだけだ。


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