第百十二話 導き④
「にゃ」
「え、えっと……君は……」
白い猫は近づいて来ると、俺の膝に赤い木の実を一つ置いた。猫の突然の行動に、困惑しながらも猫を観察する。金色の瞳と紫色のリボンが巻かれていることからも、白い猫は『調理部門の菜園』で見かけた猫である。
不思議なことは、何故この白猫が俺の元に来たかだ。
「んにゃ!」
「……あ、ありがとう。貰います」
観察をしていると、白い猫は膝に置いた木の実を叩いた。如何やら俺に木の実を提供してくれるようだ。正直な話、昨晩から何も口にしていない。近くに井戸や水の提供を受けることが出来そうな建物もない状況だ。白い猫からの提供を有難く思い、赤い木の実を手に取った。
「むぅ……美味しい……」
木の実を一口齧ると、口の中に甘い汁が広がる。水分を豊富に含んでおり、咀嚼する毎に渇いた喉が潤う。
「ありがとうございます。助かりました」
「にゃ」
あっという間に木の実を食べ終えた。礼を伝えながら、白い猫の頭を撫でる。手入れをされた毛並みと人に慣れていることからも、この王城内で飼われている猫のようだ。クロッマー侯爵の計画を阻止し、全てが落ち着いたら飼い主を含めお礼をしたい。
「さてと……そろそろ行かないと、先ずは此処が何処か確かめないとか……」
木に掴まりながら立ち上がる。そして上着に袖を通し、身なりを正す。外の新鮮な空気を吸い休憩をしたことにより、大分体調が回復をしているようだ。
これから俺はクロッマー侯爵の計画を阻止しなければならない。その為には王城で行われるパーティーに潜入をする必要がある。
空を見上げるが、太陽は真上に位置している。方角を確認することは出来ない。別の方法で俺の現在位置を確認しなければならないようだ。
「んにゃ……」
「ん?」
ズボンが弱い力で下へと引かれた。足元を見ると白い猫が、俺のズボンを咥え引っ張っている。
「如何かしましたか? 残念ながら、何かお礼でとして差し上げられるものが無いのですが……」
白い猫には木の実を貰い助かったが、今の俺に何かあげられるものはない。お礼をしたいが、何も持ち合わせていないのだ。その言葉を伝えると、白い猫は俺のズボンを離した。
「にゃ!」
俺から数本離れると白い猫は、振り向き鳴き声を上げる。そして、じっと金色の瞳に俺を映す。何か伝えたいことがあるようだ。
「……もしかして、着いて来い? ということですか?」
「にゃあ」
現状で想定されることを訊ねる。すると肯定するように鳴き声を上げた。動物は人間の言葉を理解していると、前世で聞いたことがある。現在地が分からない俺よりも、詳しそうな白い猫を頼った方が良いだろう。
「よろしくお願いします」
白い猫の後に続いて歩き出した。




