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第十一話 追撃⑧

 


「……っ!? ル、ルイズ様……それは……」

「大丈夫だ。イリーナ、僕は君を信じている! こんな奴の言うことなんて全て噓なんだろう?」

「え、ええ。勿論です……」


 王太子の言葉にイリーナは焦りを見せた。彼女が一番恐れていた言葉、俺が最も欲した言葉を口にしたからだ。イリーナの反応を見るだけでも、動かぬ証拠を所有していると分かる程である。悪いことは出来ないものだ。


「では、イリーナ様。その手袋を取っていただけますか?」


 動かぬ証拠を提出するようにイリーナへと迫る。そう、今日のパーティーが始まってからその手袋がずっと気になっていた。イリーナは、ある物を隠すために手袋をしているのだ。俺以外の人間にはただ単に手袋をしているように見えているが、俺にとっては手袋をしていることが罪の証拠を所有していると知らせているのだ。


「……くっ! それは……」

「イリーナ。大丈夫だ。君は無実だ! こいつの主張が間違いだって教えてやろう!」


 渋るイリーナを王太子が励ます。『てんさい』の唯一のファインプレーである。そのファインプレーが絶望へのカウントダウンの始まりだとも知らずに。


「……こ、これで満足ですか?」


 イリーナは両手の手袋を外すと、両手を俺に見えるように差し出した。彼女の甲には何もない。強いて言えば、爪が彼女の髪と同じ桃色に塗られていることぐらいである。


「どうだ!? この綺麗な手を見ろ! 何もないじゃないか!! 僕の大事なイリーナを犯人呼ばわりしたことを謝れ!! 未来の王妃であるイリーナに対して働いた狼藉は決して許せるものではない!! クラインとか言ったな? 貴様の男爵家も取り潰してやる!! お前のような存在を生み出した罪でな!!」


 自信満々に王太子が大声を上げた。この男、人を責め立てる時は饒舌である。生き生きとしている。まるで水を得た魚だ。それに我が家にも責任を求めるというのは暴挙が過ぎるだろう。本当に罪があるならば、実家にも影響するのが貴族だがこれは完全なる冤罪である。つまり万が一にでも冤罪で我が家を潰せば、王太子殿下の立場は崩壊する。まあ冤罪ではないと思い込んでいるからの発言である。

 実家には色々と恩がある。潰させるわけにはいかない。潰れてもらうのはリベリーナを断罪し追い詰めた人物たち全員だ。

 良く喋る『てんさい』の演説に、安心した顔をするイリーナ。これで逃れたと思っているのだろうが、逃がす気は更々ない。


「嗚呼、すいません。私が見たいと言ったのは、手の平です」


 俺は手を挙げると要求を告げる。そう俺が見たい、いや見せつけたいのはイリーナの手の平だ。


「……っ?!」

「なんだと!?」

「すいません。要求は正しくお伝えしないといけませんね? 勝手に解釈されて逃げられては困りますので、さあイリーナ様? 両手の手の平を皆様に良く見えるように、見せてください?」


 顔色を悪くするイリーナ。俺が証拠の意味を知っていると、漸く悟ったようだ。だが全てが遅い。最大の見せ場であり、彼らの最後の場だ。その歪んだ醜い性根を大衆に晒し、羞恥に塗れた視線を受けるがいい。そして醜く無残に散ってくれ。


「えっと……でも……」

「どうした? イリーナ? 何も後ろめたいことはないだろう? 僕らが正しくて、あいつが間違っているそうだろう?」

「……っ、その……」

「大丈夫だ、僕がついている! 君のことは僕が絶対に守る! そしてイリーナにこのようなことを強いたあいつには、極刑を言い渡す! リベリーナもあいつも、邪魔者はみんな排除するから安心をしてくれ!!」


 最後の会話になるのだから少しだけ猶予を与えてやる。それは慈悲などという優しいものではない。ただ単にイリーナが証拠への言い訳と、罪から逃れる方法を考えさせる時間を設けているだけだ。手詰まりで、四面楚歌、背水の陣で追い詰められた時間というのは、非常に苦しくて辛いものだろう。

 それが先程まで断罪し余裕の笑みを浮かべていた者ならば、その焦りを人一倍のことであろう。正に今のイリーナは王太子の応対が適当になっている。王太子まで気が回らないようだ。全てはイリーナが捻りだした苦し紛れの言い訳を打ち砕き、絶望を味あわせたいのである。

 王太子も今はイリーナを大変擁護しているが、動かぬ証拠を突き付けた時にどんな行動を起こすのか見物である。愛していると言った相手が冤罪を仕立て上げた真犯人であると知った際に、王太子は『真実の愛』を貫けるだろうか。お楽しみである。


 きっと滑稽で愉快なダンスを見せてくるのは確実だろう。


「イリーナ様? そんなに渋るということは、真犯人は貴女であると認めたようなものですよ? 無実だと主張するならば、手の平をお見せください?」

「…………」


 優しく優しく追い詰める。沈黙は肯定である。イリーナは意地でも動かぬ証拠の提示を拒むようだ。見せなければ逃れると思っているのだろうか。全くもって愚かである。俺が折角与えてやった時間も有効活用をすることが出来ないとは、予想以上に愚かだ。

 強制的に腕を掴み確認することも出来るが、それでは屈辱感が薄まってしまう。自らそれが動かぬ証拠だと理解し、逃げることが出来ないという恐怖に震えながら証拠を提出する屈辱を味あわせたいのである。


「そうだ! イリーナは無実だ!! この手の平を見ろ!! 何もないだろう!!」

「……っ……だ、だめ……」


 王太子はイリーナの手を掴むと、俺の方へと突き出した。その手の平には紫色に染まっていた。動かぬ証拠の提示に俺は笑みを浮かべた。




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